2019年06月24日

北海道の人が屋久島移住を決心


 もう40数年も前のことだが、ある北海道の人が屋久島に移り住んだ。
 
 その人は当時26,7歳で、北海道でお父さんといっしょに酪農をしていたが、ある冬、1週間だけの約束で休暇をもらい、屋久島旅行にやってきた。

 北海道では、酪農家たちは(酪農家に限らず農家の人たちは、だが)夏のあいだちょっと冬の準備(どういう準備なのか詳しくはきかなった)をサボると、冬のあいだに牛たちを死なせてしまうこともあるらしい。夏のあいだは一日一日が勝負だと言っていた。

 なので、夏のあいだはちょっとした旅行もままならないらしい。
 
 彼は屋久島に到着した日か次の日に、バスで島巡りをしていて屋久島に一目惚れしてしまった! そして、「この島に住む!」と決めたのである。

 その足で役場に駆け込み、「離農した畑が付いていている空家はないか」と交渉した。役場の人も困惑し、なんとか調べるから2〜3日後に来てくれと言って帰ってもらったが、彼は、もう屋久島観光は適当にやってしまい、役場に日参した。

 そして、ようやく見つかった空き家が、私の両親の家の近くである。
 
 屋久島に移住した最大の理由のひとつが、冬でも青々とした草が茂っていることだった。それを見て、「これだと、夏のあいだに少し農作業をサボッても冬に困ることがないのではないか」と思ったのだとか。
 
 親を説得し、北海道を引き払って単身屋久島にやってきた彼だったが、実は、つき合っていた女性を北海道に残していた。

 移り住んだ新居にはまだ電話が引かれていなかったため、彼は毎晩のように、隣家である(と言っても300メートルほどは離れていた)私の親の家にやってきて電話を借り、北海道の恋人に「屋久島に来て一緒に住んでくれ」と電話した。
 
 電話が終わると居残って私の父と飲むことも、よくあったらしい。父は若い飲み友だちができて、電話を借りに来るのを楽しみにしていた。
 
 そして、彼の熱意に押し切られ、ついにその恋人は屋久島にやってきて彼の奥さんになった。
posted by 赤井田拓弥 at 15:24| Comment(0) | 屋久島のこと

2019年06月21日

父のこと

 今日6月21日は、父の命日。1995年6月21日の朝、父は突然死んだ。写真は、父の若かりし頃。
 
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 几帳面な人で、毎日日記を付けていた。下の写真から分かるように、死んだ朝もひとこと書いている。

    <写真はクリックすると拡大します>
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   「昨日までの日の出は5時12分だったが、今日から5時13分とおそくなる」
  
 そして、右のページに「幸丸」とあるのは、私の次兄のこと。死んだ前の晩、次兄は父と40分ほど電話で話したそうだ。そのため、次の朝に「あなたのお父さんが亡くなった」という連絡をもらったとき、「誰の父」のことなのか、しばらく理解できなかったらしい。 

 死んだ後の22日以降は、当然、日記は途切れている。  

 父が死んだ朝、私はまだ携帯電話を持っていなかったので、会社に着いてからスタッフに聞いた。「お父様が亡くなられたそうです」と。

 喪服などは屋久島の友人に借りることにし、そのまま羽田に向かった。

 鹿児島への飛行機は飛んだのだが、鹿児島から屋久島への飛行機は、大雨のため欠航。波が高いということで、船も欠航。
 その日のうちに屋久島には帰れないということを伝えるために家に電話すると、我が家に詰めていた近所の人が出て、母が大変な錯乱状態だから、なんとしてでも帰って来いと言う。

 離島は車で行けないから、こんなときに困る。

 母と父は、死ぬわずか1時間前にはいっしょに朝飯を食ったのだという。朝食の後トイレに行き、出てきて猫と戯れていて、そのまま逝ってしまったという。
 母も、父にそんな死なれ方をされてしまうと、それは取り乱してしまうだろう。

posted by 赤井田拓弥 at 11:23| Comment(0) | 屋久島のこと

2019年06月18日

私が立てた仮説


 ユニクロの国内事業CEOに赤井田真希という人が就任した。

 新潟県出身の人で、以前からお名前は何度も目にしていたくらい有名な人である。40歳でCEOとは、ずいぶん能力が高い人だ。
 
 赤井田という姓は、鹿児島の吹上町と新潟の安田町に多い。福岡や大阪、東京あたりでもちらほら見かけるらしいが、元々、上記の町に由来する人たちだろう。
 現在の鹿児島県日置市吹上町に永吉字小永吉というところがあり、そのまた下に赤井田という字(あざ)がある。ここが赤井田のルーツである。そこには赤井田遺跡という遺跡もある。

 私は屋久島の生まれ育ちだが、両親は上の吹上町の出身で、私が生まれる前に屋久島に移住したのだった。
 
 何かで新潟に赤井田姓が多いことに気づいたとき、こんなことを考えた。

 幕末の戊辰戦争に参加した薩摩軍の兵士に赤井田という姓の人、つまり私の親戚筋の人がいて、江戸を攻めたのち、会津や東北まで進軍していったが、戦後、薩摩に帰るのをあきらめ、越後に足を伸ばして土地の女性と恋におち、そこに居着いてしまった。そして、子が生まれ、赤井田姓が増えた。
 
 もう20年くらい前になるが、安田町役場に手紙を書き、赤井田姓がどのくらいまで遡るものか問い合わせたことがある。すると、1843年に「赤井田元吉」という人の記録があり、それがいちばん古いという返事が返ってきた。
 
 1843年は戊辰戦争よりもずっと前のことなので、私が立てた上の仮説は、みごとにくつがえされたのだった。鹿児島の赤井田とは関係がなかった。

posted by 赤井田拓弥 at 11:20| Comment(0) | 屋久島のこと

2019年06月13日

ネコは自殺する


梅雨時になると思い出すことがある。

もう50年以上も前だが、屋久島の我が家に「つゆ」という名前のネコがいた。

集落の公民館で上映された映画を見た帰り、小川のほとりで鳴いていた子猫を拾ってきた。入梅の日、つまり6月11日だったので、父が「つゆ」と名づけたのだった。

「つゆ」は、なぜか当時中学生だった長兄にいたく懐いた。

長兄は当時、納屋の2階に部屋を作って、そこを勉強部屋兼寝室にしていた。
朝、母や父が「兄ちゃんを起こしてきて」と言うと、納屋の2階の兄の部屋まで起こしに行く。「つゆ」が帰ってくると、必ずそのすぐあとから兄がやって来る。

「つゆ」が帰ってくるのに少し時間がかかることがある。すると兄が、「つゆに耳や鼻を咬まれた」と言うのだ。兄が起きないと、「つゆ」は起きるまであちこち咬んだりしたらしい。
 
長兄が当時できたばかりの国立高専の一期生の受験に失敗し、しばらく家にいたが、「屋久島高校に進学した中学の同級生と会うのが恥ずかしいから、東京に行きたい」と言うので、父が妹(私たちの叔母=去年亡くなった)を頼って二人で上京した。
 
長兄がいなくなって2,3日した頃から、「つゆ」の姿が見えなくなった。
 
あちこち探したところ、家から200メートルほど離れたポンカンの木の根元で死んでいるのが見つかった。
posted by 赤井田拓弥 at 17:44| Comment(0) | 雑文

2019年02月22日

『時の流れに身をまかせ』

仮定法過去完了の表現

 テレサ・テンの代表作『時の流れに身をまかせ』という歌を英訳してみた。
 日本の歌謡曲の歌詞には「あの時こうしていれば、今はこうなのに」とか、逆に「あの時こうしていなければ、今はこうではないのに」のようなくだりが多い。
 これを英語に直すと、仮定法過去完了仮定法過去を組み合わせた文になる。

 『時の流れに身をまかせ』を英訳してみたが、日本語の歌詞をそのままここに書くのは著作権侵害に当たる可能性もあるので、ふつうの日本語に書き直して紹介しよう。

 「もしあなたと過去に会えなかったとしたら、私は今、何をしていることだろう」は、

 If I hadn't met you, what would I be doing?

となる。If 節が、過去の事実とは異なることを仮定する「仮定法過去完了(had + 過去分詞)」になっている。そして、主節(ここでは疑問文)は、現在の事実と異なることを仮定する「仮定法過去」になる。

 この If 節が仮定法過去完了で主節が仮定法過去という構文は、小田和正の『ラブストーリーは突然に』のさわりの部分でも使える。

 If I hadn't met you
 on that day, at that time and place
 We wouldn't know each other
 for now and ever


 では、『時の流れに身をまかせ』の1番の歌詞を訳したものをご照覧あれ。
 
 If I hadn't met you
 what would I be doing?
 Might I have commonly loved someone
 and lived an average life?
 I just want to be stained
 in your color as time goes by
 I wouldn't mind giving up
 my one and only life
 So, please let me be with you
 Now I can't love anyone but you


posted by 赤井田拓弥 at 11:13| Comment(0) | 雑文

2019年02月08日

Amazon での拙著の値段 ―― その2

 絶版になった本で、Amazon で高値で売られている本を、あと2点紹介します。いずれも、我が社から新たに Kindle 本として出版しているものです。

 これは宝島のムック本でした。やさしい英語で書かれており、当時から評判が良かった本です。

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 この本の Kindle 本は、ここです。上のムックに比べて、かなり改訂し、もっと良くなっています。


 もう1冊は、TOEICコピーライトマーク L&R Testでよく使われる単語で、発音や意味が紛らわしいものを集めたものです。

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 この本の Kindle 版は、これです。

posted by 赤井田拓弥 at 16:58| Comment(0) | 雑文

Amazon での拙著の値段

 ちょっと思い立って、絶版になった拙著を Amazonで見てみたところ、出品者からの本にあり得ない値段がついていました。

 そのうちの何冊かは、我が社から Kindle 本として出版しています。

 まず『英語で英文法をやり直す本』。これは、ある大学の先生が学生に向けて推奨していたり、大学の入試問題に採用されたりした本で、けっこう評価は高かったのですが、絶版に。

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 この本は、絶版になり、出版権も我が社に出版権も戻ってきたので、Kindle 版に改編して出版しています。
 ここご覧あれ。

 もう1つ。この本も絶版になったので、Kindle 本にしました。
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 Kindle 本は、ここ

 ご参照くださると幸いです。
posted by 赤井田拓弥 at 16:40| Comment(0) | 雑文