2018年07月27日

ゆで卵の時間


 テレビで半熟卵の作り方を見ていて、ふと思い出した。

 アメリカに行ってひと月ほど経ったころ、同じ大学に通う日本人4人で、サンディエゴに遊びに行くことになった。

 昼飯を食おうとファミリーレストランに入った。

 友人の一人がゆで卵を注文すると、ウェイトレスは How many minutes? ときいてきた。彼はとっさに、おそらく何も考えずに、Three minutes. と答えた。

 そして、出てきたゆで卵は、割ってみると、ほとんど生卵だった。

 ゆで卵は、実際には10数分はかかるようだ。

 当時、私たちはまだ二十歳ちょっとすぎの若造だったから、ゆで卵を作るのにどのくらいの時間がかかるかも知らなかったし、また、日本ではゆで卵を頼めば、出来合いのものが出てくるのがふつうなので、「何分ゆでますか」という質問が来るなど想像もしていなかったのである。

 そして、「アメリカでは何でも個人の希望を訊いてくるんだね」と、みんなで感心したのであった。

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2018年07月26日

「ふれあい何々」という言葉


 高島俊男氏の『お言葉ですが…D キライなことば勢揃い』に、「ふれあい」という言葉が気色悪いと出てくる。
 「ふれあい図書館」とか「ふれあい体育館」とか。

 確かに、「ふれあい体育館」、「「ふれあいバス」、「ふれあい電車」などは、気色悪い。私もキライである。

 そして高島氏は、『学研現代新国語辞典』の「ふれあう」の項に「たがいにわかりあったような気持ちになる」という説明があることに、「これは傑作だ」と喝采している。

 辞書も捨てたものではない。

 私はこの辞書を持っていないので、ほかの小辞典でチェックしてみた。ある辞書の「ふれあう」の項には、次の説明があった。

   「接近した結果、両者の間に間隙が無くなる

 そして例文は、こうである。

   「唇と唇がふれあう」
 
 辞書の編纂者たちは、「手と手がふれあう」くらいでは物足りないと思ったのだろうな。

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2018年07月25日

私が住んだ砂漠の町


 連日の猛暑で、昔住んだアメリカの町を思い出す。

 下の、「水曜日が50℃の予測」となっているのは、私が通った大学がある町で、ふつうに人が住んでいる。私の友人も、何人か住んでいる。
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 「明日と水曜日の予測が52℃」となっている下の写真は Death Valley。文字通り「死の谷」で、ここには人は住めない。

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 私が住んでいたのは、大学がある町から10マイルほど東の Indio という町。当時はメキシコ系の人たちが多かった。Wikipedia には、次のような説明がある。

  It has an average 335 days of sunshine, and total of 156 days of high temperatures over 100 °F (38 °C).
  「晴天の日が平均335日、摂氏38度を超える日が156日ある」

 残りの30日は雨かと言うとそうではなく、曇り。雨は年に1日か2日だけ。一片の雲すら見ない日が1週間も10日も続いたりする。

 この町である夏、私は華氏122度(摂氏50度)を経験した。こんな猛暑の中、マクドナルドに昼飯を食いに行った。

 冷房の効いた屋内のダイニングルームは満席で、私は外で食った。スズメがやって来たので、やや長めのフレンチフライを1本投げてやった。
 すると、そのスズメはフレンチフライをくわえて飛び去ろうとしたが、重すぎたのか、それとも猛暑でバテて力が足りなかったのか、くわえてみたのはよかったが、飛び立てないのであった。

 これを英語で言うと、
       
 The sparrow couldn't fly with a piece of French fry.


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posted by 赤井田拓弥 at 11:02| Comment(0) | カリフォルニアの青い空

2018年07月24日

元旦と元日


 「元旦」と「元日」を使い分けられていない小説や本の記事に出会うことがある。
 ちょっとしたことだが、「元旦の夜に」という表現があったりするのである。そういった表現に出会うと、それまでファンの作家だったりすると、がっかりである。

 「」は地上(水平線上)に朝日が昇る様子を示す語とされる。つまり、「」のことである。早旦は「早朝」、明旦は「明日の朝」のことである。
 したがって、「元旦の午後」とか「元旦の夜」という表現は間違いである。


正月に出る月

 また、江戸期や明治維新前後を場面にした時代小説で、大晦日や正月に月が出ている設定になっているのに出会ったりするが、これは間違い。旧暦では、月末や月初めは新月で、月は出ない

 明治5年に改暦になり、新暦の明治6年1月1日になったときは、旧暦では12月3日に当たるため、三日月かほぼ新月。なので、人々が違和感を抱くことは特になかったらしい。

 しかし、その翌年、明治7年1月1日は旧暦では11月13日に相当し、満月に近かった。そのため、多くの人が「お正月にお月さんが出ているなんて」と不思議がったそうだ。


元年

 テレビで、ある芸人が「平成元年の1月3日に」と言ったのを聞いたことがある。しかし、平成元年に1月3日はない。平成元年は1月7日からである。
 同じように、昭和元年にも大正元年にも元日はない。天皇崩御の翌日から新元号になるからである。しかし、明治元年には1月1日が存在する。

 なぜか。

 慶応4年9月8日より明治に改元したが、「慶応4年をもって明治元年とする」としているため、慶応4年1月1日が明治元年1月1日になったのである。ただし、これは旧暦の1月1日である。

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posted by 赤井田拓弥 at 10:13| Comment(0) | 雑文

2018年07月23日

馬の背を分ける雨


 連日の猛暑で、私の畑の作物は水不足で瀕死の状態。一雨がほしい。それで、つい「東京アメッシュ」で夕立が来ないかをチェックしたりする。

 毎日と言ってもよいほど、東京の西の山間部では、「東京アメッシュ」に雨のマークが現れ、少しずつ東に移動して、私に雨の期待感を持たせる。

 しかし、大抵は我が畑があるあたりの少し西側で、雨マークが消滅していくのだ。これを見ると、いつも「馬の背を分ける雨」という言葉を思い浮かべる。

 「馬の背を分ける雨」というのは、夏の夕立を表す言葉で、ある一部だけに激しく降り、その外側はまったく濡れてもいないような降り方を言う。

 私は、この「馬の背を分ける雨」を実体験したことがある。

 若い頃、調布の草野球チームに参加していた。ほかの5チームほどで、リーグ戦のようなことをやっており、春先から12月くらいまで、2週間に1度くらいの割で試合をしていた。

 試合場は、だいたい今の味の素サッカースタジアムがあるあたりで、何面かのフィールドがあった。

 ある夏の午後、試合中にセカンドのちょっと後ろから向こう側だけが土砂降りになったのだ。なのに、こちらのダイアモンド側にはまったく降らず、地面も砂ぼこりが立つくらい乾いていた。

 試合を中断するほどでもなく、守備が終わって戻ってきたライトとセンターの選手は全身ずぶ濡れだったのである。そして、私たちは何ともないという奇妙な経験だった。

 ちなみに、私はサードを守っていたので濡れなかった。

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posted by 赤井田拓弥 at 12:28| Comment(0) | 雑文

2018年07月21日

還暦という言葉


 ネットのニュース記事などに「俳優の○○さんは、7月で還暦になります」という表現があったりする。
 また以前に、10月に放送されたテレビ番組で、NHKのアナウンサーが「私は来月、還暦になります」と言っているのを聞いたことがある。

 「還暦」は読んで字のごとく、「干支(十干十二支)」の誕生年の暦がひとまわりして戻ってくることである。つまり、「」である。「年齢」ではない。

 「」であるから、迎えるのは年明け、正月である。誕生日ではないのである。したがって、「7月に還暦」とか、10月に「来月還暦です」と言うのは間違い。

 また、還暦は暦であるから、「迎える」ものであって「なる」ものではない。

 なので、「私は来月還暦になります」と言うと、「人が暦になる」ことになる。
posted by 赤井田拓弥 at 10:48| Comment(0) | 雑文

2018年07月19日

「享年」という言葉


 人が亡くなったとき、「享年80」とか「享年80歳」のような表現が使われる。多くの人はおそらく「享年」という言葉を「その人が亡くなった満年齢」と誤解しているのではないかと思われる。

 「享年」は、死んだ人の年齢を表すのではない。生きた年の数を表す。「年の数」と言っても、「生きた年数」でもない。

 例えば、1901年12月に生まれた人が2000年1月に死ぬと、満98歳だが、「享年は100」である。
 また、1901年1月に生まれた人が2000年12月に死ぬと、満99歳だが、これも「享年100」である。

 なぜか。

 享年というのは「生きた年の数」のことなので、前者の1901年に生まれた人は、1901年も「」と数える。そして、亡くなったのが2000年なので、年の数は「100」である。後者も同じ計算で「100」となる。

 つまり、「享年=満年齢」なのではない。したがって、「享年80歳」や「享年満70歳」のように「」を付けるのは、実はまちがい。

 極端に言うと、12月31日に生まれた子が翌日の元日に死ぬと「享年2」である。わずか1日しか生きていないのに、である。

 ただ、こんな幼くして死んだ子に「享年」は使わない。「天寿を全うしたわけではない」からである。
posted by 赤井田拓弥 at 10:02| Comment(0) | 雑文