2019年07月02日

屋久島の集落の名前と郵便での住所(戸籍の住所)のこと


 先月(5月)、屋久島では記録的な豪雨があり、300人を超える人たちが山の中で一夜を過ごさざるを得ない状況になった。一人の犠牲者も出さずに全員が下山できたのは、本当に幸いなことであった。

 ネットで被害状況などをチェックしていて、「冠水した屋久島町小瀬田の県道」という写真を見つけた。車が半分ほど水に浸かった写真である。

 郵便局をやっている高校の同級生に電話し、「こんな写真がネットに出ているけど、これはどこら辺だろうね」と話していると、「小瀬田」という住所が、私が思っていたよりもけっこう広いことが分かった。

 そう言えば、私の出身集落は「長峰」だが、親に手紙を書くとき、住所は「小瀬田」だった。戸籍での住所も「小瀬田」である。ほかにも、名前をよく知っている集落のいくつかは、実は住所にはないということも分かった。


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posted by 赤井田拓弥 at 13:33| Comment(0) | 雑文

2019年07月01日

きゅうりのキューちゃんの作り方


きゅうりの最盛期です。我が家のレシピと作り方を大公開。

工程:
1.夜、沸騰した湯にきれいに洗ったきゅうりを丸ごと入れ、
  そのまま2分間煮る。切って入れてはいけません。
2.火を止め、蓋をしないで冷ます。
3.次の朝、きゅうりを取り出して皮のぬめりを
  しっかりと洗い、鍋の水を新しく替えて沸騰させる。
4.上の1番と同じように、沸騰したらきゅうりを入れ、
  また2分間煮る。同じように、蓋をしないで冷ます。
5.その日の夜(夕方でもいいけど)、きゅうりを取り出して
  ぬめりをきれいに洗い落とし、スライス(小口切りに)
  する。
 
 さあ、ここからがポイントです。とにかく絞ります。
 私はさらしの布(50センチ×50センチくらい)を使っています。巾着包みにして、もむようにしながら絞る。
 とにかく、もうこれ以上水分は出ないというくらいまで絞ります。これは歯ごたえのために必須です。絞りが足りないと、カリカリした歯ごたえは出ません。

 絞り切ったら空の鍋に入れ、次の調味料を入れて、きゅうりによく行き渡るように注意しながら2分間煮立たせます。火を止めて、鍋の蓋は少し開けた状態で冷まします。そして調味料を馴染ませます。

 これで完成です。

調味料:
 大きめのきゅうり6本くらいの場合で、ちょっと濃いめの分量です。薄めにする場合は、量を少なめにしてください。

1.醤油−200CC
2.みりん−150CC
3.酢−40CC
4.生姜−ひとかけ(卵の半分くらいかな)を千切りにします。
5.鷹の爪−1本(辛いのが好きだったら2本でも可)


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posted by 赤井田拓弥 at 15:06| Comment(0) | 雑文

屋久島の我が家のタケノコ

 
 屋久島高校の同級生が、屋久島で簡易郵便局をやっている。そして、年賀状と暑中見舞いはがきの時期になると「今度は何枚必要?」という電話がかかってくる。
 
 毎回買うので、私は言わば彼の常連さんである。そして、彼が「お礼を送りたいけど、何がいい?」と言うから、「じゃ、我が家の小桟竹(こさんだけ)のタケノコを20本くらいでいいから、採って送ってくれないか。送料はこちら払いで」と言ったところ、彼が言うには、
 
 「赤井田の家の小桟竹は超人気で、交通整理が必要なくらい、朝早くから車が20台以上も押しかけて、たぶん採れないと思う」と。
 
 母が1997年の正月に死んでから我が家は空き家になっていたが、その後、借りてくださる家族があったりして、数年前までは人が住んでいた。
 今では、人も住めないほどに荒れ果て、家屋もないような状態である。

 誰も住んでいないので、我が家の小桟竹の竹山には、だれでもやって来ることができ、思い存分採っているのだろう。

 5年前に屋久島高校の後輩たちに話をしに(講演に)行ったとき、夜の懇親会で同窓会の幹部の女性がこう言った。

 「長峰においしい小桟竹が採れるところがあってね。私もときどき採りに行っているのよ

 それで場所を訊いたところ、なんとそこは我が家のことだった。「長峰」というのは、私の出身集落のことである。



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posted by 赤井田拓弥 at 10:35| Comment(0) | 屋久島のこと

2019年06月28日

完璧な仮定法過去の文。


 昔(1978年5月)アムトラックという列車でアメリカ一周旅行をしていたとき、デトロイトからカナダのウィンザーというところに行ってみようと思った。

 エリー湖とセントクレア湖を結ぶ、幅が400メートルくらいのデトロイト川があって、その下をトンネルが通っており、歩いて行ける。

 国境なので、当然、出国手続きをしなければならない。

 トンネルに入る前に念のため、イミグレーションの係官に、パスポートや学生ビザ、大学の主任教授に書いてもらった学生を証明する手紙などを見せ、「どうでしょう、行ったら帰ってこられますか」と訊いた。

すると、彼はこう言った。

If I were you, I wouldn’t go.


完璧な仮定法過去の文だった。

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posted by 赤井田拓弥 at 11:34| Comment(0) | 雑文

2019年06月27日

屋久島のトビウオ


 屋久島では、5月から6月いっぱいくらいがトビウオ漁の最盛期である。

 今では、昔ほどトビウオが獲れなくなったようだが、私が子どもの頃の1960年代には、船が沈みそうなくらい、海面が船縁近くまで上がってくるほどのトビウオを積んで帰ってきていた。

 長兄が中学生の頃は、学校帰りによくトビウオをぶら下げて帰ってきたものだ。学校帰りに通る村の人たちから「にいちゃん、持って帰れ、ほら」ともらったりしたのだそうだ。

 高校の時、朝早くからトビウオ漁に出て、家業の手伝いをする同級生がいた。

 朝4時前に出港し、沖合で網をたぐる。4時間ほどの漁である。
 この同級生は、港に帰ったあと風呂に入ったり着替えたりしてから登校するので、学校に来るのは昼近くになる。枕持参である

 彼は学校に来たあと、窓ぎわの席に着き、枕を使って寝ていた。授業が終わるまでずっと寝ていたから、「学校に来る必要はないのでは」と、私などは思ったくらいだった。

 先生方も彼が何をやっているのか知っているので、授業中の居眠り(と言うか熟睡)をとがめることもなかった。

 そして授業が終わると、彼は律儀に枕を持って帰るのだった。明日も同じように枕を持ってきて寝るのだから、枕は学校に置いていってもよさそうだったが。


ホトトギスとトッピー

 ホトトギスは、初夏にあの独特の鳴き方で現れる。ちょうどトビウオ漁の時期と重なる。

 一般的にはホトトギスの鳴き声は「テッペンカケタカ」とか「東京特許許可局」だとか言われているが、屋久島では「トッピォトレタカ」と鳴くと言われる。「飛び魚獲れたか」である。
 「トッピォトレタカ、トッピォトレタカ」と鳴きながら、海から山へ飛んでいく。この鳴き方のほうがよほど親しみやすい。

 「テッペンカケタカ」では、何の意味もない。

 また、鹿児島と屋久島、種子島を結ぶ高速船に「トッピー」という名前の船があるが、この「トッピー」もトビウオのことである。

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posted by 赤井田拓弥 at 11:05| Comment(0) | 雑文

2019年06月26日

「キジラ」とは?


 屋久島に移り住んだ人や梅雨時期に屋久島旅行をする人たちを恐れさせているのに、「流し虫」と呼ばれる、羽のあるシロアリの来襲がある。

 梅雨時のムシムシするような夜に大群でやってくる。窓を開けていると、家の中がとんでもないことになる。

 私が子どもの頃、屋久島ではまだ網戸もエアコンも普及しておらず、と言うか、我が家にはその両方ともなかったので、寝るときは、窓を全開にして、蚊帳の中で寝るのだった。

 このシロアリが大群で押し寄せるのはムシムシする梅雨時期なので、当然、窓を開けている。そこへ、大群のシロアリが襲撃してきて、電気にぶつかった畳に落ちる。そして、畳の上を這い回る。

 実際に見たことがない人には想像しにくいかもしれないが、それはおぞましい光景である。

 祖母や両親は、このシロアリのことを「キジラ」と呼んでいた。屋久島生まれの人や屋久島での生活経験がある人に「キジラと呼んでいましたか」と聞いても、そんな記憶はないと言う。

 それで、ネットで調べてみると、鹿児島や宮崎あたりではそう呼ばれているらしい。
 
 話は変わって。

 2か月ほど前に、叔母(父の妹)の一周忌法要があった。法要のあとのお清めの食事のとき屋久島のことを話していると、このシロアリの話題になった。
 すると、従姉の夫(70歳半ば)が「ああ、キジラのことね」と言った。
 
 彼は東京の生まれ育ちである。従姉も東京生まれの東京育ちである。屋久島には40年ほど前に一度行ったことがあるだけのはずだ。それなのに、「キジラ」という言葉を覚えていたとは。
 
 屋久島に行ったときキジラに遭遇し、私の両親や祖母に「キジラ」という名前を聞いたのだろうが、その後、「キジラ」という言葉を東京で耳にすることはなかったはず。
 
 屋久島での「キジラ」の印象がよほど強かったのだろうか。

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posted by 赤井田拓弥 at 15:52| Comment(0) | 屋久島のこと

2019年06月25日

「とぜんね」という言葉


 しとしと雨で畑仕事もできず、かと言って本を読む気にもなれず、テレビはおもしろくなく、飲み始めるにはまだちょっと早いといった休みの日の夕刻、庭にそぼ降る雨を眺めながら、ふと「とぜんね」という鹿児島弁を思い出した。

 これは、「さびしい」とか「無聊な」というような意味で使う。
 
 「とぜんね」は「徒然ね」と書く。「徒然草」や「徒然なるままに」の「徒然」である。

 鹿児島弁では「だいこん」が「でこん」、「かいもの」が「けもん」となるように、音声が同化する。 ai 音は e 音になるのである。
 なので、「」は多くの場合「ない」という意味だ。

 この現象はこちらをご覧あれ。

 熊本や佐賀など、西九州のほうでは「とぜんなか」と言うらしい。「なか」は「ない」の九州音である。
 
 したがって、「とぜんね」や「とぜんなか」は否定の意味になるはずである。

 しかし、である
 
 「徒然」自体が「なすこともなく退屈なこと」なので、それに否定語の「ない」を続けると「退屈ではない」という逆の意味になってしまう。
 
 気になったのでいろいろと調べてみた。
 すると「とぜんなか」も「とぜんね」も肯定の意味らしいと分かってきた。「せわしい」と同じような意味を表す「せわしない」も肯定であるように。
 
 ないもすいこっがねと、とぜんねこっじゃ。
 
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posted by 赤井田拓弥 at 11:07| Comment(0) | 雑文