2018年08月03日

at night と in the night


 通常、私たちは in the morning, in the afternoon, in the evening, at night のように覚えており、night にも in が使われることには馴染みがない。

 しかし、Strangers in the Night (夜のストレンジャー)という歌もあり(フランク・シナトラ)、in the night という表現はよく使われるのである。

 『[例解]現代英語冠詞事典』(大修館書店)によると、in the nightat night の違いを次のように説明してある。

  in the night は1日の区分としての「夜間」に
  力点が置かれ、at night は夜の「働き」(=暗闇)を表す
  ので、「夜陰」に力点がおかれる(p.286)」。

 以前にあるフェイスブックで、夜にのんびりと一人で飲んでいる様子を、I’m drinking at night. と英語で書いてあるのを見たが、上の説明にあるように「夜陰」に力点が置かれることが強調されるという意味合いになれば、I’m drinking at night. は「夜暗くなるのを待ってこっそりと飲んでいる」といったようなニュアンスになりかねない。

 やっぱりのんびりと飲むのであれば、in the night を使って、

  I'm drinking Scotch on the rocks in the night gazing at the moon.
 「夜が更けて、月を眺めながらスコッチのオンザロックを飲んでいる」

のように、静かに夜が更けていくのを楽しんでいる感じを出したい。

 at night が「夜陰を強調する」ということから考えると、He visited me at night. は「暗くなるのを待ってこっそりと会いに来た」というニュアンスが出てくる。

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posted by 赤井田拓弥 at 09:49| Comment(0) | 英語の表記法

2018年08月02日

at the morning という表現


 ある本を読んでいて、ロバート・ブラウニングの「春の朝(あした)」をチェックしようと思い、『海潮音』(上田敏訳詩集)を買った。上田敏は、中学か高校で習う「山のあなた」で知っている人も多いことだろう。

  山のあなたの空遠く
  「幸」住むと人のいふ。
  噫、われひとゝ尋めゆきて、
  涙さしぐみ、かへりきぬ。
  山のあなたになほ遠く
  「幸」住むと人のいふ


閑話休題。

 上田敏による「春の朝」は次のとおり。

   時は春
   日は朝(あした)
   朝(あした)は七時
   片岡に露みちて
   揚雲雀(あげひばり)なのりいで
   蝸牛(かたつむり)枝に這ひ
   神、そらに知ろしめす
   すべて世は事も無し


 そして、ブラウニングによる原詩はこれ。

   The year's at the spring
   And day's at the morn;
   Morning's at seven;
   The hillside's dew-pearled;
   The lark's on the wing;
   The snail's on the thorn:
   God's in His heaven−
   All's right with the world!


 さて、この詩で気になったのが、at the springat the morn (morning のこと)の at である。

 通常、私たちは spring morning のように、ある程度の幅がある時間には in を使うと認識していると思う。

 ここでは、「四季では春がよい」、「一日のうちでは朝がいちばんだ」というような意味で使っているので、in ではなく at が用いられているというわけである。

 清少納言の『枕草子』を思わせるような詩である。

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posted by 赤井田拓弥 at 10:27| Comment(0) | 雑文

2018年08月01日

graduate は大学だけか?


 以前に私が執筆・制作した教材の内容について、読者(利用者)から、次の質問が来た。
 
質問内容:
  (B) She is graduating from high school this year.
    という例文が Listening の問題中にありましたが、
    graduate は大学を卒業するときしか使わないのでは
    ないでしょうか。高校では leave または after
    を使う方が適切だと思いますが、教えてください。

 
 この質問文の after は何なのか理解できなかったが、graduate の用法については「えっ!? そうだったのか」とちょっと焦った。

 ネットで調べると、イギリス英語では graduate は大学でしか使わないような情報だった。しかし、カナダやアメリカでは高校でも使うらしいとあった。

 それで、アメリカの出版社に勤める人、アメリカでコピーライターをやっている友人、そして、去年高校を卒業した大学生(すべてネイティブ・スピーカー)にメールやメッセージを送って聞いてみたところ、それぞれ、次のような回答を得た。

―― Yes, you graduate from high school.

―― Yes, we do for sure. “Graduate” is used for anyone who is graduating no matter what level of education.

―― Yes, “graduate” is definitely used for completing high school. That's very common.


 ホッとした。

 ただ、さすがに小学校の卒業には使わないそうだ。



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posted by 赤井田拓弥 at 09:56| Comment(0) | 雑文

2018年07月31日

幼児、児童、生徒、学生


 フェイスブックなどで、「私が中学校の学生だった時」というような表現を見ることがある。「老人性口害症候群」の私は、こうしたちょっとした言葉の使い分けが気になって、何か言いたくなる。

 ざっくり述べると、小学校入学前が「幼児」、小学生が「児童」、中等教育在籍者である中学生と高校生が「生徒」、それ以上の高等教育を受けている者が「学生」である。

 ただ、幼児も、特に1歳未満は「新生児」や「乳児」で、それ以降を「幼児」と区別することも多い。また、幼稚園や保育園に通う子は「園児」と呼ばれることも多い。

 そして、小学生は「児童」だが、児童福祉法では「満18歳に満たない子供すべて」が「児童」である。また、労働基準法では、15歳以下が「児童」である。

 ただ一般的に話したり書いたりする場合には、「児童」は小学生に対して使う。

 「中学生や高校生は『学生服』を着ているから、中学生や高校生も『学生』では?」と思う人もあるかも知れないが、学生服は、明治に東京帝国大学が決めた「詰襟型の制服」がルーツになっているもので、後年、高校や中学が制服として採り入れたのである。

 塾や社会人向けの各種学校などでは、大学生や社会人に対しても「生徒(さん)」と呼ぶことがあるが、これは「(教える側の)先生」対「(習う側の)生徒」という発想から来ているのであろう。

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posted by 赤井田拓弥 at 10:40| Comment(0) | 雑文

2018年07月30日

studentとは誰?


 ある TOEFL 対策の本に primary student(小学生)が何度が登場し、最初は a primary student なので「小学生」と訳されていたが、あとのほうで the student と略されると、その本の執筆者はそれを「学生」と訳していた。
 ふつう、日本では小学生を「学生」とは言わない。

 英語では園児を student 呼ぶことはまずないが、小学生を student というのはごくふつうである。私たちは「小学生」は pupil と習うかと思うが、日常生活では、小学生は a primary school student と言うのがふつうである。

 同様に、「中学生」は junior high school student あるいは junior high studentで、高校生は high school student である。

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posted by 赤井田拓弥 at 10:57| Comment(0) | 雑文

2018年07月29日

「やる」と「あげる」


 高島俊男氏の本に次のようなことが書いてある。

  「宿題を見てやる」と言えば自分の子であり、
  「宿題を見てあげる」と言えばよその子である。

 
 これに拠れば、「犬にえさをやる」と言えば自分の犬であり、「えさをあげる」と言えばよその犬になる。
 ただ、よその犬でも「えさをやる」が本来の使い方だろうが。

 ところが今では、自分の犬でも「えさをやる」と言う人は少なく、多くの人が「えさをあげる」と言うと思う。
 
 栗原小巻さんと、先日亡くなった加藤剛さん主演の『忍ぶ川』(昭和47年)という映画の中に次のようなシーンがある。
 
 小巻さんが、ある会社員と強引に交際をさせられ、そのことを加藤剛さんに告げるシーンである。

 小巻さんが「それで、その方が私の体をほしがり始めたんです」と言うと、加藤剛さんが「それで、やったのか」と問い詰める。
 
 この「やったのか」を「エッチしたのか」という意味にとって解説しているブログもある。結果は同じかも知れないが。

 今では「やる」を「与える」という意味にとらない人が多いのだろう。


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posted by 赤井田拓弥 at 12:50| Comment(0) | 雑文

2018年07月28日

無料ダウンロードキャンペーン。

今、ここで拙著の無料ダウンロードキャンペーン中。 さあ、どの本でしょうか。2冊あります。
posted by 赤井田拓弥 at 22:34| Comment(0) | 雑文