2019年06月18日

私が立てた仮説


 ユニクロの国内事業CEOに赤井田真希という人が就任した。

 新潟県出身の人で、以前からお名前は何度も目にしていたくらい有名な人である。40歳でCEOとは、ずいぶん能力が高い人だ。
 
 赤井田という姓は、鹿児島の吹上町と新潟の安田町に多い。福岡や大阪、東京あたりでもちらほら見かけるらしいが、元々、上記の町に由来する人たちだろう。
 現在の鹿児島県日置市吹上町に永吉字小永吉というところがあり、そのまた下に赤井田という字(あざ)がある。ここが赤井田のルーツである。そこには赤井田遺跡という遺跡もある。

 私は屋久島の生まれ育ちだが、両親は上の吹上町の出身で、私が生まれる前に屋久島に移住したのだった。
 
 何かで新潟に赤井田姓が多いことに気づいたとき、こんなことを考えた。

 幕末の戊辰戦争に参加した薩摩軍の兵士に赤井田という姓の人、つまり私の親戚筋の人がいて、江戸を攻めたのち、会津や東北まで進軍していったが、戦後、薩摩に帰るのをあきらめ、越後に足を伸ばして土地の女性と恋におち、そこに居着いてしまった。そして、子が生まれ、赤井田姓が増えた。
 
 もう20年くらい前になるが、安田町役場に手紙を書き、赤井田姓がどのくらいまで遡るものか問い合わせたことがある。すると、1843年に「赤井田元吉」という人の記録があり、それがいちばん古いという返事が返ってきた。
 
 1843年は戊辰戦争よりもずっと前のことなので、私が立てた上の仮説は、みごとにくつがえされたのだった。鹿児島の赤井田とは関係がなかった。

posted by 赤井田拓弥 at 11:20| Comment(0) | 雑文