2014年03月05日

ひなまつり


 3月3日のひなまつりが近づくと、毎年思うことがあります。『うれしいひなまつり』 という童謡の歌詞のことです。

 『うれしいひなまつり』 の作詞はサトウハチロウで、昭和10年にできたとされています。

 この歌に 「お嫁にいらしたねえさまに よくにた官女の白い顔」 という歌詞がありますが、インターネットなどで、この 「ねえさま」 は誰のことかという議論がなされています。そして、「お嫁に行ったお姉さん」 のことだと結論づけている人が多いようです。

 その証拠として多くの説は、嫁ぎ先が決まった矢先にサトウハチロウの姉が結核のため18歳で亡くなり、そのことを歌っているからだとしています。

 しかし、サトウハチロウが早世した姉へのレクイエムとしてこの歌を作ったとしても、「お嫁にいらしたねえさま」 は、自分の姉ではありません。兄嫁のことです。姉を歌うのであれば、嫁には行っていないわけですから、「お嫁にいらした」 とは言わないでしょう。おそらく、ほかの表現を使ったはずです。

 『うれしいひなまつり』 の歌詞のほかの部分から考えると、10歳くらいの女の子の目線で書いてあります。この雛祭りの前年の秋あたりに兄が結婚し、兄嫁が同居するようになって新しいお姉さんができ、最初の雛祭りがうれしいという気持ちを歌ったものでしょう。

 文学作品や詩などは、あまり背景を考えすぎず、まずは 「字面で理解する」 ことが大切だと思います。


附記

 『うれしいひなまつり』 には 「すこし白酒めされたか 赤いおかおの 右大臣」 というのがありますが、赤い顔をしたのは左大臣だそうです。サトウハチロウは、雛壇に向かって右側にある左大臣を、うっかり「右大臣」としてしまったようです。

 これで思い当たるのが、地図で見ると京都の左京区が右側にあって右京区が左側にあるのはなぜか、ということです。

 京都が遷都されたとき、大内裏 (宮城 )の南に朱雀門があって、そこから南に向かって朱雀大路が延びるように造られました。そして、大路の東側 (つまり左側) が左京となり、西側 (右側) を右京と呼びました。ですから、地図で見ると、反対のように思えてしまうわけですね。


posted by 赤井田拓弥 at 12:30| Comment(0) | 雑文
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