2018年08月22日

昭和39年の東京オリンピックを日本に呼んだ日系2世の話


 この本を読んだ。600ページ近いが、一日で一気に読んだ。ずっと興奮しながら読んだ本は、最近あまりなかったが。

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 日系人の Fred Isamu Wada (フレッド・勇・和田)という人の話。「とてつもなくすごい人」の言葉しか思い浮かばない。

 フレッド・イサム・ワダさんについて詳しくは検索されたし


土曜日に読んだ本で興味深かった件の1つ。

 6行目、「四人」に「よつたり」というルビが振られている。
 (写真は、クリックすると拡大します)

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 「ひとり、ふたり」のあとは「みたり、よたり(よったり)、いつたり、むたり、ななたり、やたり、ここのたり、とたり(とおたり)」のように続く。

 この言い方は、戦後すぐの頃までは、割と一般的に使われていたようで、フェイスブックでは、多くの友だちが「おばあちゃんは使っていた」とか「近所の年配の人たちは今でも言う」などのコメントを寄せてくれた。


 この本に、日系2世の主人公が「オレは産婆の亭主だから」と言うくだりがある。

 奥さんも日系2世だが、小さいときから19歳まで日本で育ったので日本語もよく知っており、「産婆の亭主じゃなくて、髪結いの亭主でしょ」と返すところがおもしろい。

 私がアメリカでお世話になった日系2世の人も、ときどき勘違いで使ったりしていた。

 私たちが「メロンは大好きです。メロンには目がないんです」と言ったりすると、「なぜ好きなのに目がないの。目があるから好きになるんじゃないの」と返してきたりした。

 また、この本には『羅府新報』の記事がよく引用されている。

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 私がアメリカに滞在した1970年代の半ばには、当然まだインターネットはなく、また私が住んだ砂漠の町には日本の雑誌などを置いてある書店もなかったため、日本のことを知るのは、日本からの手紙と、この『羅府新報』が頼りだった。

 上に書いた日系2世の人のお宅に夕食に呼ばれたときなどに、何日分もむさぼるように読んだものだった。

posted by 赤井田拓弥 at 12:36| Comment(0) | 雑文
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