2018年07月11日

同じ釜の飯

 大学時代、私は新聞社の育英奨学生として新聞配達をしながら通学していた。私の勤めた販売店には、4年生大学の学生や、当時北九州市小倉に存在した読売理工専門学校の学生が勤務していた。いつも、だいたい数人が勤めていた。

 部屋が提供され、朝夕の食事が付いていた。ただ、「食事代」は給料から差し引かれていた。同じ店に勤めた奨学生たちは、いわゆる「同じ釜の飯」を食っていたわけだ。

 先日、この「同じ釜の飯を食った」仲間(同い年)が、私のオフィスを訪ねてくれた。

 2人訪ねてきた。もう一人は他店で勤務していたので、同じ釜の飯を常時食っていたわけではないが。4年間同じ釜の飯を食った男は大分に住んでいて、北海道に嫁いだ娘さんが出産し、その孫の顔を見に行った帰りだという。彼に会ったのは、新聞店の店長の葬儀以来で、25年振りくらいになる。

 もう一人は千葉の君津に住んでおり近いのだが、会ったのは育英奨学生を修了して以来42年ぶりだった。
 昔話に花を咲かせ、その中でも盛り上がった新聞店話題のひとつ。

 私の1年のときだった。
 店の先輩が、夕刊配達のあとに受けた電話の対応がよくなかったのか、相手を怒らせてしまった。その相手は「これから行くけぇ、そこで待っちょれ!」と啖呵を切ったらしい。先輩はビビってしまった。
 なにせヤクザの街、小倉だ。

 主任の一人が帰ってきて、みんなの様子がちょっとおかしいので、「なんかあったんか?」と訊く。「こうこういうことがあって、誰かが攻めてくるそうです」と答えると、「よし、分かった」と、その主任はすぐに家に帰った。彼の家は店から歩いて30秒もしないところだ。

 クレームを付けた客がやってくる直前に、その主任が戻ってきた。さらしの腹巻きをし、前の開いた七分袖のシャツを着て、短いズボンと雪駄という出で立ちで戻ってきた。太って腹が出ており、そして坊主頭なので、その姿たるや、まさにヤクザそのもの。

 クレームを付けた客がやって来て、その主任が店先に出迎えた。

  「なんか、うちの若いもんが粗相をしたそうで」

 その客は、「いえ、たいしたことではありません」と、そそくさと帰っていった。
posted by 赤井田拓弥 at 15:06| Comment(0) | 鳥かごの詩
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