2020年09月14日

カリフォルニアの青い空 ― 3. 大学4年次の生活とアメリカの大学探し


 就職を先延ばしにしてアメリカに1年または2年行こうと心に決め、3年のときはかなり単位を取得した。そして、4年のときは、週に何日も大学に行く必要はない状況になった。
 奨学生としての新聞の業務は依然として忙しかったが、大学の授業や勉強が減った分、少し心にゆとりができた。

 当時、福岡市を含めた北九州地区で、読売新聞育英奨学生が300人ほどいた。この奨学生を読者とする月刊の新聞を発行しようという話が持ち上がり、その編集長に指名された。奨学生や店長にインタビューしたり、役立ち情報を集めたり、記事を書いて、割り付け指定をし、新聞社の印刷部に依頼する業務を、ほぼ一人でこなしていった。けっこう忙しく、1か月はすぐに過ぎていった。

 また、「アタック・イン・サマー」という新聞社主催の催しにも精出した。
 「アタック・イン・サマー」というのは、夏休みのあいだの育英奨学生による拡張合戦である。夏休みのあいだ、自分の配達区域や同僚の区域の応援拡張をやったり、他店との交流で勧誘をやったりする。9月になってから成績発表と表彰式、祝賀会などがある。

 それまでは「学生の本分は勉強だ」と粋がって、こうした催しにはあまり積極的に参加してこなかったのだが、留学を決めたこともあり、最後の夏を記憶に残るものにしようという気持ちにもなり、かなり頑張って新聞の勧誘活動をやった。
 そして、上記300人の奨学生のなかで9位の成績を収めた。

 こうした生活を送りながら、留学できるアメリカの大学を探し始めていた。留学経験者の体験記などの本も買った。留学生を受け入れている大学のリストなどを載せている本もあった。
 やはり、『カリフォルニアの青い空』の影響で、南カリフォルニアの大学は魅力的だった。

 手紙を出したいくつかの大学の中から、返事が来た。California 州のPalm Desert というところにある大学だった。

posted by 赤井田拓弥 at 14:20| Comment(0) | カリフォルニアの青い空