2019年08月08日

空爆で遺体も残らなかった伯父



「原爆で弟の遺体すら見つからなかった」という手記を読んだ。
 
 私の伯父(母の長兄)もそうである。広島や長崎ではなく、鹿児島で。日本全国の都市のほとんどは空爆を受けている。
 
 伯父はその日、リアカーを引いて知人宅を訪ね、「お茶でもどうぞ」と勧められたが、「先を急ぎますので」と辞退して出て行ったそうだ。

 その後空爆があり、伯父が歩いていたであろう場所にその知人が行ったところ、リアカーの取っ手だけが残っていて、遺体は見つからなかったそうだ。
 
 このためか、「勧められたお茶は頂け」と親には言われていた。

 なので、私は麦芽などを原料とするお茶(?)は、遠慮しないことにしている。


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posted by 赤井田拓弥 at 09:30| Comment(0) | 雑文

2019年08月06日

情けは人の為ならず



 20年ほど前のこと、会社でアルバイトを募集した。

 めぼしい人たちの面接をほぼ終わり、ある人に決めようと思っていた矢先、「まだ面接できますか」という電話がかかってきた。

 電話で話していて雰囲気がよかったので、「じゃ、面接に来てください」と言ったら、その夕方やって来た。
 
 会って話していると、すごくさわやかな青年だったので、先に決めようと思っていた人をやめて、彼に決めた。
 
 彼が勤め始めて2週間ほど経ったころの夕方、オフィスでちょっと飲みながら、彼もアメリカの大学を出ていたので、私のアメリカ時代のことを話したりしていたところ、彼が「伯母がアメリカに住んでいるんですよ」と言う。
 
 で、話していると、私が住んでいた町に住んでいることが分かった。伯母さんは裕福なユダヤ人の家に住み込み、家政婦さんをしていると言う。
 
 私が「僕がアメリカにいたときに知り合った人に、そんな人がいたよ」と言いながら話をしていると、どうも、彼の伯母さんという人は、私の知っている女性だと思い、「もしかしてあなたの伯母さんってタカコさんじゃない?」と言うと、「そうです」と。
 
 彼は家に帰ってから、伯母さんに電話をしたそうだ。するとタカコさんは「よかった、タクヤさんがアメリカにいるときにいじめなくて」と言ったとか。
 
 私も「アメリカにいるときに悪いことをしなくてよかった」と思ったものだ。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:52| Comment(0) | 雑文

2019年08月05日

45.5度でゴルフを2ラウンド


 暑い!
 涼しいビルから外へ出た瞬間もムッとした暑さで、昔住んだアメリカの砂漠の町を思い出す。

 ある夏、と言っても一度帰国してから何年かあとのことだが、その町で華氏114度(摂氏45.5度)のとき、現地の友人たちとゴルフを2ラウンドしたことがある。

今思えば、ホントに crazy だった。若気の至りとはこのこと。

 1ラウンド目は、朝7時スタートで18ホール。2ラウンド目は、友人の広大な農園を見せてもらったあとで、午後3時頃から。この2ラウンド目がめちゃくちゃ暑かった。

 
 日本のゴルフ場のように歩いてラウンドすると行き倒れになること必至なので、2台のカートを同伴者の4人で使う。

 出発前に、クラブハウスの外に設置してある巨大な製氷機から、カートの後部に設けられているアイスボックス(大きな冷蔵庫くらいの大きさ)に、スコップで氷を大量に入れる。途中で飲む飲み物も、これも大量にその氷の中に沈める。

 ラウンド中、同伴者がショットしたりパットしたりしているあいだ、私は、カートのアイスボックスの氷に手を突っ込んで冷やしていた。
 
 また、スプリンクラーが作動しているホールでは、その下に立って身体じゅうををびしょ濡れにする。
 
 アイアンは、昔は文字どおり「鉄製」だった。グリーンの外に置いておいたアイアンのステムををうっかり素手で握ると火傷しそうなくらい熱くなっていた。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:49| Comment(0) | 雑文

2019年08月02日

日本で最高気温がいちばん低いのは沖縄。

 
アメリカの50州のうち、最高気温が華氏100度(摂氏37.7度)を超えたことがない州が2つある。1つはアラスカ州で、もう1つが、なんとハワイ州である。

 出典は、ここ

 
 アラスカ州の気温が低いのは、北にあるところなので理解しやすいが、あの「常夏のハワイ」の気温が他の州よりも低いのは意外に思える。

 
 日本でも、すべての都道府県の中で最高気温がいちばん低いのは、実は沖縄である。過去の最高気温は35.6度で、1910年以降、35度を超えた年は、今までに回しかないそうである。
 
 これは、ハワイも沖縄もまわりを海に囲まれているからである。


 屋久島も同じく周りを海に囲まれているので、おそらく、今までに35度を超えた記録はあまりないと思われる。

 屋久島では、真夏であっても明け方は気温がぐっと下がる。ブランケットだけでは寒いと感じるくらいである。


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posted by 赤井田拓弥 at 09:44| Comment(0) | 雑文

2019年08月01日

サトウキビ畑の草取り


 炎天下で畑仕事をしていると思い出す。
 私が子どもの頃、屋久島に製糖工場と澱粉工場があった。そのため、農家の主要作物は、サトウキビとカライモ(さつまいも)だった。

 屋久島に製糖工場があったのは、資料によると、昭和36年(1961年)から45年(1970年)まで。わずか9年間だが、屋久島の農民たちは、これに依存していた。

 サトウキビは春に植え付ける。竹のような節を30センチくらいに切ったものを並べていって土をかぶせるのが、サトウキビの植え付け。そして、次の年の1月から2月が収穫時期となる。

 カライモ(さつまいも)は、5月から7月に苗を植え付ける。そして、10月から12月が収穫時期となる。

 いずれの作物も、夏の暑いときに1〜2回の草取りをしなければならない。

 私は、小学生の時からこの農作業を手伝わされていたので、夏休みは、こうした家の手伝いに終始する。なので、子どもの頃は夏休みを楽しみに待つという心境ではなかった。

 カライモの草取りも、まともに太陽を浴びるので暑いが、もっと大変なのはサトウキビの草取りだ。

 夏休みの頃、サトウキビは1メートル50センチくらいの高さに成長している。畝幅は50〜60センチで、畝の長さは、長いところだと50メートルくらい。

 サトウキビの葉にはギザギザがあり、顔や腕を引っ掻かれるので、手ぬぐいで頬被りをし長袖を着て、畝の中に入っていく。

 一度入ると、終わりまで50メートルほどを出ないで、しゃがんだまま進まなければならない。畝の中はサトウキビに覆われているので、風は来ない。頭の上からは太陽がさんさんと照り付ける。

 今では、こんな作業を一日中続けていて、よく熱中症にならなかったものだと思う。あのサトウキビ畑の草取りの大変さを思い出すと、どんな仕事も愚痴を言わずにできると思ってしまう。


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posted by 赤井田拓弥 at 12:07| Comment(0) | 屋久島のこと