2019年06月25日

「とぜんね」という言葉


 しとしと雨で畑仕事もできず、かと言って本を読む気にもなれず、テレビはおもしろくなく、飲み始めるにはまだちょっと早いといった休みの日の夕刻、庭にそぼ降る雨を眺めながら、ふと「とぜんね」という鹿児島弁を思い出した。

 これは、「さびしい」とか「無聊な」というような意味で使う。
 
 「とぜんね」は「徒然ね」と書く。「徒然草」や「徒然なるままに」の「徒然」である。

 鹿児島弁では「だいこん」が「でこん」、「かいもの」が「けもん」となるように、音声が同化する。 ai 音は e 音になるのである。
 なので、「」は多くの場合「ない」という意味だ。

 この現象はこちらをご覧あれ。

 熊本や佐賀など、西九州のほうでは「とぜんなか」と言うらしい。「なか」は「ない」の九州音である。
 
 したがって、「とぜんね」や「とぜんなか」は否定の意味になるはずである。

 しかし、である
 
 「徒然」自体が「なすこともなく退屈なこと」なので、それに否定語の「ない」を続けると「退屈ではない」という逆の意味になってしまう。
 
 気になったのでいろいろと調べてみた。
 すると「とぜんなか」も「とぜんね」も肯定の意味らしいと分かってきた。「せわしい」と同じような意味を表す「せわしない」も肯定であるように。
 
 ないもすいこっがねと、とぜんねこっじゃ。
 
57187621_2135505826570113_903236656050470912_n.jpg
posted by 赤井田拓弥 at 11:07| Comment(0) | 雑文