2018年07月15日

9月卒業

 私は1978年9月に大学を卒業した。「えっ! 3月じゃないの?」と思われるかもしれないが、当時の制度(今の制度は分からない)では、9月卒業が可能だった。

 同じ年に入学して留年もしなかった同級生たちは、1976年3月に卒業していた。私は1976年4月から1978年3月まで2年間休学した。
 私が出た大学は当時、休学中は授業料を払う必要はなかった。そして、卒論を除くほかの科目の単位はすべて取得していたので、卒論を提出して合格すれば半年で卒業できることになっていた。

 休学する前にほぼ書き上げていたので、少し修正すればよいだけだったが、修正を始めてみると、いろいろとやることが出てきて、全面書き直し。
 卒論は、日本語と英語の両方を提出することになっていた。2年間のアメリカ留学を経てみると、学生時代に書いた英語がどれほど稚拙であったかを、まざまざと思い知らされたのだった。

 8月の終わり頃に卒論を提出し、担当教授から呼び出しがあり、「合格だ」と伝えられたのが、確か秋分の日前後だったように思う。それですぐに上京することにし、学生課に行って「卒業証書はいずれもらいに来るので保管しておいてほしい」と伝え、東京にやってきた。

 1978年当時は、まだ秋に就職試験を行っていた。それで、ある通信社と大手の新聞社が同日試験だったので新聞社のほうを受験したが、不合格
 それで、しばらくアルバイトでもしようとアルバイトニュースで探したのが、英語教材を中心に執筆・編集・製作をやっていた、前職の編集プロダクションである。

 社長に「正社員になりなさい」と言われたこともあり、3か月後には正社員になった。

 この会社に就職して最初に「感無量だ」と思ったのは、受験勉強中に聴いて勉強していた「大学受験ラジオ講座」の先生だった人と仕事をしたことだ。

 当時の教材は、ラジオ講座のようにテキストを執筆した先生が説明し、それをカセットに収録して売るスタイルのものも多かった。

 「大学受験ラジオ講座」で私が熱心に聞いていた先生をスタジオにお呼びしての収録である。ディレクターとしてその先生にキューサインを送ることになったとき、東京に出てきて英語の教材の制作にかかわる仕事に就いてよかったなと思ったものだった。

 大学受験勉強をしているときのラジオ講座の先生なんて、まさに雲の上の方だと思っていたわけだから。
posted by 赤井田拓弥 at 16:02| Comment(0) | 鳥かごの詩