2014年03月27日

拙著が大学入試に

 昨日、うれしい知らせがありました。

 西日本にある国立大学医学部の入学試験に、右欄に紹介している拙著 『英語で英文法をやり直す本 ― 英会話編』 (緑色の表紙の本)の中の文が引用されたという通知をもらいました。

 コピーを載せます。クリックすると拡大します。

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 一応、念のため、どこの大学なのかは分からないように、大学名や住所、電話番号などは消しました。年配の方だと馴染みがあるかと思いますが、旧一期校です。

 テスト問題も送られてきました。100点満点の30点が、私の本から引用された問題の配点です。けっこう大きな配点ですね。

 興奮しました。

 拙著が韓国や台湾、中国で翻訳出版されたときは、うれしくはありましたが、こんなには興奮しませんでした。


 春です。『おぼろ月夜』を歌いましょう。

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posted by 赤井田拓弥 at 10:22| Comment(0) | 雑文

2014年03月08日

春はまだ遠い?


 地球温暖化が叫ばれるなか、この冬は豪雪に見舞われたところも多く、八王子では、未曾有の積雪60センチでした。

 我が家のすぐ裏にある片倉城跡公園に行ってみると、「友待つ雪」 のように解け残った雪がまだありました。
 「友待つ雪」 というのは、初冬に降った雪が本格的な降雪まで解け残っているのを言います。

 初春に降る雪は 「名残り雪」 といいますが、ある有名な翻訳家が、春になっても解け残っている雪を 「名残り雪」 と訳し、物議を醸したことがあります。

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 まだこんなに残っている雪もありました。

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 霜柱も、まだ5センチはありそうです。

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 コブシのつぼみも、1月26日とほとんど変わりない硬さです。

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 それでも、梅は咲き始めました。

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 野いちごは芽吹いてきました。

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 春の足音が確実に聞こえてきました。

 
posted by 赤井田拓弥 at 12:15| Comment(0) | 雑文

2014年03月06日

カリフォルニアの青い空 砂漠での生活 ― 23


ゴルフで今でも後悔していること



 前回の記事(22回目)で自宅にゴルフ場がある邸宅のことを書いたが、ゴルフのことでは、未だに後悔している、と言うか、もったいないことだったと思い出すことがある。

 私が通っていた大学周辺の町は砂漠なのに緑が多く、冬でも氷点下になることがほとんどなく、そして一年中ほとんど雨が降らないため、昔からセレブが大勢住んでいる。
 そういう人たちの多くは、gated community と呼ばれる、数十軒の家がフェンスで囲まれ、ガードマンのいるゲートを通って出入りする住居区域に住んでいる。

 その gated community の1つに住んでいた、奥さんが日本人の家族と知り合いになった。ご主人は昔大きな病院の経営者で、すでに引退して悠々自適の生活をしていた。その家によく呼ばれて遊びに行ったものである。

 この家の4軒ほどとなりにフォード前大統領が住み始め、上記のご主人と友人になり、よくゴルフをするような仲になったという。

 ある日曜日、昼ごろに目覚めて何も用事がなかったため、この家に電話をしてみると「いらっしゃい」と言う。私が住んでいたところから、車で20分ほどのところである。

 行ってみると、ご主人が来て「どうして今朝電話をしてこなかったのだ」と言われた。


  今朝、Mr. Ford と急遽ゴルフをする話になり、メンバーを
  探したけど、急なことでだれも見つからなかった。
  それで、仕方なしに、二人だけでハーフを回って帰ってき
  た。君が今朝電話をくれていれば、3人で回れたのに。


と言われた。

 なんと、前大統領とゴルフができる恩恵をみすみす逃してしまったのだった。今でもときどき「惜しいことをした」と思い出す。

posted by 赤井田拓弥 at 09:23| Comment(0) | カリフォルニアの青い空

2014年03月05日

ひなまつり


 3月3日のひなまつりが近づくと、毎年思うことがあります。『うれしいひなまつり』 という童謡の歌詞のことです。

 『うれしいひなまつり』 の作詞はサトウハチロウで、昭和10年にできたとされています。

 この歌に 「お嫁にいらしたねえさまに よくにた官女の白い顔」 という歌詞がありますが、インターネットなどで、この 「ねえさま」 は誰のことかという議論がなされています。そして、「お嫁に行ったお姉さん」 のことだと結論づけている人が多いようです。

 その証拠として多くの説は、嫁ぎ先が決まった矢先にサトウハチロウの姉が結核のため18歳で亡くなり、そのことを歌っているからだとしています。

 しかし、サトウハチロウが早世した姉へのレクイエムとしてこの歌を作ったとしても、「お嫁にいらしたねえさま」 は、自分の姉ではありません。兄嫁のことです。姉を歌うのであれば、嫁には行っていないわけですから、「お嫁にいらした」 とは言わないでしょう。おそらく、ほかの表現を使ったはずです。

 『うれしいひなまつり』 の歌詞のほかの部分から考えると、10歳くらいの女の子の目線で書いてあります。この雛祭りの前年の秋あたりに兄が結婚し、兄嫁が同居するようになって新しいお姉さんができ、最初の雛祭りがうれしいという気持ちを歌ったものでしょう。

 文学作品や詩などは、あまり背景を考えすぎず、まずは 「字面で理解する」 ことが大切だと思います。


附記

 『うれしいひなまつり』 には 「すこし白酒めされたか 赤いおかおの 右大臣」 というのがありますが、赤い顔をしたのは左大臣だそうです。サトウハチロウは、雛壇に向かって右側にある左大臣を、うっかり「右大臣」としてしまったようです。

 これで思い当たるのが、地図で見ると京都の左京区が右側にあって右京区が左側にあるのはなぜか、ということです。

 京都が遷都されたとき、大内裏 (宮城 )の南に朱雀門があって、そこから南に向かって朱雀大路が延びるように造られました。そして、大路の東側 (つまり左側) が左京となり、西側 (右側) を右京と呼びました。ですから、地図で見ると、反対のように思えてしまうわけですね。


posted by 赤井田拓弥 at 12:30| Comment(0) | 雑文