2014年01月26日

寒中の一息


 大寒のなか、今日はちょっと暖かかった。
 近くの公園にコブシのつぼみを見に行ったが、まだ小さいようだ。

 写真はクリックしてください。大きくきれいな写真になります。


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 そして、今年初めてのちょっと本格的な畑仕事。タマネギの草むしりと土寄せ。久しぶりに鍬を使ったので、疲れた。

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 白菜は、寒くなる前に縛っておいたので、まだ食べられる。

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 ブロッコリーは、中心の大きなかたまりを収穫したあと放っておくと、脇芽が出て食べられるくらいの大きさになる。

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 これは野良坊。3月半ばあたりからつぼみを食べられるようになる。

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 キャベツは、寒さのために少し紫色になっているが、十分にまだ食べられる。

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 これは、小松菜。秋に芽を出したのが花をつけている。

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 そして、今日は人参の収穫も、30本ほど収穫した。

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 さあ、春も第三コーナーを回って第四コーナーにさしかかっているあたりか。少しずつ百姓仕事の準備もしていかなきゃ。


 

posted by 赤井田拓弥 at 18:23| Comment(0) | 雑文

2014年01月09日

多摩御陵と武蔵野御陵


 このあいだの日曜日、ふと思いついて大正天皇貞明皇后昭和天皇香淳皇后が埋葬されている、多摩陵(たまのみささぎ)、多摩東陵(たまのひがしのみささぎ)、武蔵野陵(むさしののみささぎ)、そして武蔵野東陵(むさしののひがしのみささぎ)を訪れた。

 気温が低かったこともあるが、御陵に足を踏み入れると、なぜかきぃーんとした空気を感じる。


 これは、国道20号線と御陵に向かう道路の交差点にある道しるべ。

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 入り口の交番の近くにある。

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 300メートルくらいの参道を歩く。別世界だ。

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 これが、昭和天皇の御陵。

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 そして、香淳皇后の御陵。

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 これは、大正天皇の御陵。

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 これは大正天皇の皇后、貞明皇后の御陵。
 
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 実は、我が家から、この御陵までは電車を使って30分ちょっとしかかからないのだが、初めての参拝であった。訪れてよかった。

posted by 赤井田拓弥 at 23:01| Comment(0) | 雑文

2014年01月07日

七草祝い


 今日は七草の節句。

 私が小さい頃は、屋久島では七五三の祝いをする家はなかったのではないだろうか。今日1月7日が7歳の祝いの日である。これは、女の子も男の子も同じである。
 
 数えの7歳になった1月7日に、晴れ着を着て、親戚や同じ集落の親しい家を7軒、七草がゆを重箱にもらって歩く。今では、当然、車で移動する家庭もあるだろう。

 屋久島でも、民家が密集している集落では、川を渡ることなく7軒を回ることになっているらしいが、私が生まれ育った長峰という集落は、戦後に入植した人たちが多く、一軒一軒が離れているところが多い。なので、私は父に連れられ、途中、2本の川を渡って長峰集落の西の端から東の端まで歩いた。

 私が七草がゆをもらって歩いた家は、父や母と同じ郷里の吹上 (現 日置市吹上町) から来た人たちだった。

 その家の人たちとは、毎年正月2日に、「吹上会」 といって持ち回りでその年の担当の家に集まって新年会を開いていた。そうした家が我が家を含めて、長峰集落に7軒あったから、七草祝いで私が回ったのは、吹上会の家プラス1軒だったはずだが、その1軒がどこだったのか、私の記憶にはない。

 七草がゆをもらう家を訪ね、祝儀のお金とお椀に1杯ずつの七草がゆを重箱に入れてもらう。7軒回ると、重箱がいっぱいになる。

 七草がゆは、お椀に入ったものをひっくり返して重箱に入れてもらうから、汁気はなく、やや硬めのおじやのような感じだった。中にが入っているので、家に帰って夕方食べる頃には中の餅が固くなっている。なので、蒸し直して食べる。


 これが、鹿児島では七五三の代わりで、薩摩藩の時代からの行事である。鹿児島では、ほかの地方で行われている11月の七五三の行事は、つい数十年前までは行われていなかったらしい。


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posted by 赤井田拓弥 at 23:19| Comment(0) | 屋久島のこと