2013年08月27日

押韻のこと


 今は昔 昭和の帝の御時に いと麗しき女人ありけり

 名をば藤圭子とぞ云ひける 流行り歌なぞ歌ふ事なむ極めたる

 いみじう上手なりけり 此の女人が歌に 斯かる言の葉ありたるなり



  肩に冷たい 小雨が重い
  思い切れない 未練が重い


 阿久悠氏の詞による『京都から博多まで』の出だしです。脚韻を踏んでいます。最後がすべて「い」で終わっています。

 中国や西洋の詞では韻を踏むのが歴史的に続いてきました。

 次の詩は、イギリスの詩人、パーシー・ビッシュ・シェリーの『西風の賦(Ode to the West Wind)』という詩の出だしです。

 O WILD WEST WIND, thou breath of Autumn's being,
 Thou, from whose unseen presence the leaves dead
 Are driven, like ghosts from an enchanter fleeing,

 Yellow, and black, and pale, and hectic red,
 Pestilence-stricken multitudes : O thou,
 Who chariotest to thier dark wintry bed


 being fleeingred bed のように、行末が同じ「」になっています。

 この詩は 1800 年代初頭のものですからきっちりとルールを守っていますが、実はつい最近まで、いわゆる「ポップス」の歌詞も韻を踏んでいたのです。

 下の歌詞は、ママス&パパスの『夢のカリフォルニア』の最初の4行です。

  All the leaves are brown and the sky is gray
  I've been for a walk on a winter's day
  I'd be safe and warm if I was in L.A.
  California dreamin' on such a winter's day


 行の最後が[エイ]という音で終わっています。

 日本では伝統的に押韻は行われてこなかったのですが、最近のラップに押韻が見られるそうです。


 我が社は今月が決算で、先ほど、いろいろな書類に 押印 してきました。
 
 
posted by 赤井田拓弥 at 20:27| Comment(0) | 雑文

2013年08月13日

人を罵倒することば


先日、ある小さなコンサートに行きました。

 渡されたプログラムに、当然ながら、会場内での Dos Don'ts が書いてあります。「会場内では飲食しないでください」とか「携帯電話は電源を切ってください」などなど。

 最後に「拍手はいっぱいお願いします」という意味で、次の英語が書いてありました。

 YES! CRAP!

 clap は「拍手する」ですが、crap は「うんこ、くそ」です。
 
 crap は動詞で使うこともあり、crap on は「(人に)うんちを投げつける」という意味になると辞書に書いてあります。 これをやると犯罪ですね。

 日本語にも「くそ食らえ」という言葉がありますが、これは言われたほうが拒否すればいいわけで、犯罪になるわけではありませんね。

 いろいろな外国語に比べて、日本語には相手を徹底的に傷つける罵詈雑言がほとんどないのだそうです。英語の mother fucker など、これは究極過ぎますね。

 日本語では相手の人をたしなめるとき「お前ってヤツは」とか「あなたって人は」と言います。これだけで、叱られたとか非難されたことを理解します。

 これを英語に直してみますと、You are! となりますが、これでは何がなんだかわかりません。

posted by 赤井田拓弥 at 15:28| Comment(0) | 雑文

2013年08月11日

飯椀と汁椀の位置


 アメリカの出版社から、ある日本語教材のチェックを頼まれました。アメリカの大学や高校などで使われる日本語教材だそうです。

 テキストの中で使われているイラストの中に、次のようなものがありました。

 ある人物がご飯を食べていて、ご飯茶碗を手に持ってお箸を使っています。そのとき、お盆 (折敷) に汁椀が残っているわけですが、それが左側に描かれているのです。つまり、持っているご飯茶碗を折敷に戻すと、「汁椀が左で飯椀が右」ということになってしまいます。

 それで、汁椀を右側に描くようにコメントを送りました。「これは日本でのマナーなので、必ず修正するように」と書き加えました。

 すると、次のような連絡が、向こうの担当者 (アメリカ人) 来ました。

 The flow of the work so far has been for me to send the pages you have read and commented on to the authors.
  They then either accept or reject your corrections.

In the case of the rice bowl placement, they did not feel that was an important point and told me to ignore it.



「たいしたことではないので、却下」、つまり修正しないということですね。

 でも、上の英文から判断すると、その担当者は、私のコメントを著者に送っているだけで、彼が判断したわけではないようです。上の they というのは執筆者(著者)で、日本の大学の教授やアメリカの大学の講師です。もちろん日本人です。

 日本人が「そんなことはたいしたことではない」と判断したわけです。ちょっと民度を疑ってしまいます。

 もう1つ、男性が着ている着物が左前になっているのもありました。これも指摘しましたが、まだ返事は来ていません。

 少なくとも、このイラストは修正するでしょう。でないと、そのテキストがとんでもないものになってしまいます。


posted by 赤井田拓弥 at 10:35| Comment(0) | 雑文

2013年08月08日

Anytime means no time.



 去る3月に、私のオフィスのすぐ隣のビルに「エニタイム・フィットネス」というトレーニングジムができました。老化防止のためにも運動をしなきゃなぁと思っていた私は、喜び勇んで入会しました。

 24時間365日いつでもトレーニングができるのです。会社の始業前でも、昼休みにでも、帰宅前にでも。

 「1年365日」ということは、366日ある閏年には、休みが1日あるのかな?

 それはそうと、私は根本的なところでミスを犯していました。

 実は、私は根本的に運動が嫌いなのです。疲れることが嫌いなのです。ちょっと息切れがすると、「あぁ、いやだ」と思ってしまうのです。

 そんなことだから、4月になって仕事がちょっと忙しくなると、足が遠のくようになりました。すぐ隣のビルなのに。

 それで、結局、退会手続きに行きました。対応してくれた係の女性が「どうなさいましたか。何かご不便でも? ご不満でも?」と聞いてきたので、「いやぁ、いろいろと忙しくて。それに、そもそも僕は運動が嫌いなんです。疲れるのが嫌いなんです」と答えると、

 「それは致命傷ですね」と言われてしまいました。


 老化防止のためにも、運動はせにゃあとは思っているのです。老化が進むと、廊下でさえつまずくようになってしまうのです。


 じゃあ、いつ運動するの?ーー Any time!


posted by 赤井田拓弥 at 17:41| Comment(0) | 雑文

2013年08月06日

カエルの目


 何の脈略もなく、昔、小学生のときに読んだ童話をふっと思い出してしまった。

 ある村に一匹のカエルの青年が住んでいて、隣の町は自分の住んでいる村よりもずっと大きくて、きれいで、それはそれはすばらしい町だと聞いて育った。そして、その町へ行ってみたいとずっと思っていた。

 ある日、どうしても隣の町を見に行きたいと思い、でかけた。

 隣の町に行くには、険しい山を1つ越えなければならない。たいへんな苦しい思いをして、その山の頂上まで来たとき、ある一匹のカエルと行き会った。
 聞くと、そのカエルも、隣の村は自然が豊かでとても美しいところだと聞いて育ったらしい。

 「じゃあ、この山の頂上からそれぞれの町と村が見えるかもしれないから、見てみましょう」と腰を伸ばして立ち上がり、遠くを見た。すると、彼らの目に映ったのは、子どものころから見慣れてきたのと同じような町と村だった。

 カエルの目は頭の上に付いているから、腰を伸ばして立ち上がると、実は自分の後ろが見えるのだった。

 二匹のカエルともがっかりし、「なあんだ、自分のところと変わらないじゃないか。これだと行っても無駄だね。じゃ、もうカエルかぁ。」と言い合って、そのまま自分の町と村に帰って行った。

 
 なんで、こんな話を何の脈絡もなく、ふと思い出してしまったのだろう。

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posted by 赤井田拓弥 at 17:11| Comment(0) | 雑文