2011年03月25日

大地震のこと


 大震災から2週間が過ぎました。私のオフィスも自宅も被害はありませんでした。地震や津波で亡くなられた方々、被災され今も避難所で暮らす方々に比べたら、自分はなんと幸運で幸せなことかと思います。

 このブログにお見舞いの言葉を載せようと何度も思いましたが、ただ単に自分が傍観者でいることを思い知らされ、躊躇してしまいました。そして、有名人だけでなく、多くの一般の人たちが援助活動を実行に移している報道を見るたびに、何もしていない自分を歯がゆく恥ずかしく思っています。

 自分にできることは何だろうと悩んでいたとき、この記事を読んで、なぜかほっとしたというか救われた気持ちにもなりました。その中に、

 「第4に、被災地、被災者の方々に今すぐに出来ることは、極論すれば、寄付以外にはないという事実を率直に受け入れることである」

 と書いておられるところがあります。「ほっとした」 というのは、今までに私がしたことと言えば、わずかばかりの金額をインターネットで寄付したこと、節電に協力しようとしたこと、買い占めはしないと考えたことくらいのものだったからです。

 2週間経っても、亡くなった方の数は毎日増えていますし、まだ行方が分からない方や避難所で過ごしていらっしゃる方がたくさんおられます。そして、原発や放射線物質のことも不安です。

 そんな中、私が不思議に思うのは、そして腹立たしく思うのは、ある農産物や原乳の放射能物質の値が基準値を超えたとき、なぜ「県単位」で出荷制限をしてしまうのかということです。

 もちろん、出荷物を1つ1つ検査することなど物理的にできませんけど、集積所単位での検査はそんなに人員を要することではないと思うのですが。

 「県単位」 ということを考えてみると、例えばの話ですが、もし北海道の北の端でこのようなことが起きたと仮定すると、北海道全域、つまり函館の産物をも出荷禁止にするのでしょうか。
 北海道は北から南まで450キロありますよ。450キロというと、福島の原発から名古屋までの距離とほぼ同じです。長野県も、北の端から南の端まで215キロあります。

 また、露地栽培の野菜から基準値を超えた放射能物質が測定されたと言いながら、ハウス栽培の野菜も出荷できないようです。ハウス栽培の野菜を検査したという報道は聞きません。

 野菜の種を蒔いてから出荷できるようになるまで、農家の人たちがどれほど苦労しているのか、政治家たちにはまったく分かっていないのではないでしょうか。野菜がもともとそこにあったように思っているのでしょうか。

 私は八王子で百姓をしていますから、農家の人たちが犠牲になっている、こうした報道を見るたびに、腹立たしく思い、そして涙が出てきます。
 政治家たちが出向いて農家の人たちの話を聞いたという報道もありませんから、そんなことはしていないでしょう。「補償する」 とか 「買い上げる」 といったことで解決するような問題ではないと思います。もちろん、補償するのはまったく当然のことです。

 補償のことでも、農家の人たちが早々とトラクターで野菜を畑に巻き込んでいる様子をテレビで見ましたが、あれが免責にされてしまいそうで心配です。もう野菜が残っていませんからね。

 農家が農薬を使いすぎて出荷できなくなったとか、遺伝子組み換えの種を使って栽培したとかいうのであれば、それはそれで農家にも責任はあることにもなるでしょうけど、今回の問題は、農家には何の落ち度もないのです。


 今更ながらという申し訳ない気持ちでいっぱいですが、最後に、被災された方々に、心からお見舞いを申し上げます。
 早く暖かくなって、避難所の寒さが和らぐといいですね。
posted by 赤井田拓弥 at 16:07| Comment(2) | 農事通信