2019年07月19日

母音の前の an の歴史


 I have a pineapple. I have an apple. のように、不定冠詞は、母音の発音の前では an を使い、それ以外の発音の場合は a を使うと、私たちは学習する。

 なんとなく、a が先にあり、「母音の前で a は混乱を招くから an にしよう」という流れになったように思われるが、歴史的には、もともと不定冠詞は an だけだったのが、「母音以外では a にしよう」となったらしい。
 つまり、逆だったのだ。
 
 母音以外でも an を使っていたとき、I have an doughnut. を「私は餡(あん)ドーナツを持っている」という意味に誤解する人が出てきかねないという懸念がわき起こり、それが契機となって、「母音以外では a にしよう」ということになったらしい。

最後の段落の話はデタラメ。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:58| Comment(0) | 雑文

2019年07月18日

redneck と wetback


 いよいよ梅雨明け。百姓は、真夏の炎天下に農作業をせざるを得ないことも多い。もちろん、熱中症には十分に注意して作業をする。
 炎天下で農作業をすると、当然、日焼けする。顔だけではなく首の後ろも真っ赤になる。すると、英語の redneck という単語を思い浮かべる。

 redneck は、無学の白人の屋外労働者や百姓を侮蔑した表現である。ほかの人種に対しては使わない。

 また、濡らすと気化熱で涼しく感じられる特殊なタオルをびしょびしょに濡らして首に巻いて農作業をする。すると、汗だけでなくタオルの水分で背中が濡れる。すると、wetback という英単語を思い浮かべる。

 wetback は、メキシコや中南米の国々からのアメリカへの不法入国者を指す。

 これは、メキシコ人がアメリカに密入国するには、昔はメキシコとテキサス州の境にあるリオ・グランデ川を泳いで渡るしかなく、アメリカに入ったときには彼らの背中が濡れていたことに由来する表現である。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:03| Comment(0) | 生活英語

2019年07月17日

紙の辞書と電子辞書では、どちらが「力がつく」か?

 
 従来の紙の辞書と電子辞書では、どちらが力がつきやすいかという議論がよくなされる。私は、紙の辞書のほうが格段に効果的だと思う。

電子辞書では軽すぎるのだ。

 紙の辞書も、写真のような分厚い辞書がよい。それも、2冊あるとより効果的だ。

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 両手に分厚い紙の辞書を持ち、ダンベルのように使うと、

腕に力がつく



posted by 赤井田拓弥 at 10:05| Comment(0) | 雑文

2019年07月16日

アクセントの来ない語頭の母音は消失する。


 例えば、Excuse me. の excuse は -cu- のところにアクセントがある。なので、速く言うと、アクセントの来ない語頭の E- の部分は弱化し、[クスキューズ ミ]のように発音される。語頭[文頭]の母音の[エ]が消失するのである。
 
 話が飛ぶが、アメリカでは米をあまり食わないはずなのに、米の国(米国)という。なぜか。
 昔、外国名を漢字で書いていた頃は、アメリカを「亜米利加」と書いた。そして、ここでもアクセントの来ない語頭の「」が消失して「米国」となった。
  
 小麦粉を、私が子どもの頃は「メリケン粉」と言った。これも American flour が「アメリケン粉」と訳され、次第にアクセントの来ない「」が消失していったのである。
 
 頭は消失して薄くなるものである。私も例外ではない。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:19| Comment(0) | 雑文

2019年07月12日

go と come の用法


 英語の gocome は、日本人がよく使い方を間違える動詞である。
 
 基本的には、話す相手を中心に考え、相手に向かって「行く」ときには come を使い、相手から離れて「いく」ときには go を使う。
 日本語では、相手に向かときにも、「明日君のところに行くよ」のように、「行く」を使う。
 
 ところが、鹿児島弁では、相手に向かうときに「来る」を使う。

 例えば、自宅に飲みに誘ってくれた相手との会話は、こんな感じである。

 相手: うまかきっなごが入ったでぉ、
     わげえで呑ん方をすっがぉ。きゅはばきもおらんで。
   「うまいきびなごが入ったから、オレの家で飲もうよ。
    きょうはカミさんもいないし」

 私: あ、そやよかなぁ。あとでくっでよ。
   「それはいいなぁ。あとで行くよ」

 「くっでよ」は「来るからよ」である。


 英語で Did you come? と言うと男性のほうに責任がありそうだが、Do you come? と言うと女性のほうにも責任がありそうな気がする。現在形は奥が深い。

 1977年のウィリアム・カット(William Katt)主演の映画『ファーストラブ(First Love)』を初めて見たのはアメリカにいたときで、そのときは Did you come? と言ったのだと思った。

 そして数年前、ネットでたまたまヒットして見ることができた。このとき、Do you come? と現在形で言っているのに気づいた。

 それで、「あぁ、そういうことだったのか」と理解できたのだった。

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posted by 赤井田拓弥 at 10:43| Comment(0) | 生活英語

2019年07月11日

「払う」の発音


 クラス会や学校の同窓会では、終わりに校歌を歌って閉会というのが定番である。
 去る日曜日、私の母校である鹿児島県立屋久島高校の同窓会があった。当然、最後に校歌を歌って締めた。

 添付の写真は、屋久島高校のサイトからのスクリーンショットである。

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実際のサイトは、ここ

 これは2番の歌詞で、「都塵を払う」にルビが振ってあって「払う」が「はらう」となっているが、実は「はろお」と発音すべきである。

 なぜか。この校歌の歌詞が文語体で書かれているからである。

 この歌詞がなぜ文語体なのかという根拠は、「高ければ」である。ここでは「高いので」という意味である。でないと、あとに意味が続かない。

 仮定の「もし高いのであれば」という意味にするのであれば「高からば」となる。

 文語体なので、もともとは「払ふ」だった。「払ふ」は「はらふ」とは読まない。「はろお」と読む。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:16| Comment(0) | 雑文

2019年07月10日

「〜円からお預かりします」


 乱れた日本語としてやり玉に挙げられる代表的な表現として、コンビニなどで使われる「〜円からお預かりします」がある。

 この表現はどこから来たものだろう?
 昔、アメリカでドーナツ屋のバイトをしたことがある。留学生がバイトをやるのは違法だが、日本人が経営しているドーナツ屋さんから頼まれ、奥で作っているだけなら見つかるまいと思い、お金も入ることだしと、始めることにした。

 少し経って慣れてきた頃、経営者に「レジもやってくれ」と言われた。イミグレーション・オフィサーに見つかったらヤバいなと思ったが、おそるおそるレジに立ったりした。


アメリカでの釣り銭の渡し方

 アメリカでは、例えばドル50セントの買い上げで10ドル紙幣を渡されると、次のように言いながら釣りを渡す。

   OK, out of ten, three, four, five and ten.

 まず50セント渡して Three. と言う。つまり、買った金額の<2ドル50セント+50セント>でドルになる。そのあと、Four, five. のように言いながらドル紙幣を枚渡す。

 最後にドル紙幣を渡して、Ten. と言い、もらった10ドルにするわけである。
 
 この最初の OK, out of ten. の部分が、コンビニのシステムがアメリから導入されたときに英文のマニュアルに書いてあり、これをおそらく out of ... を「〜から」と訳したのではないか。「〜から」だけでは何のことか分からないので、「〜円からお預かりします」という日本語になったのではないか。

 そして、それがコンビニ開店前の研修で使われ、次第にコンビニの店員の口調になっていったのだろう。

と私は思っている。


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posted by 赤井田拓弥 at 11:37| Comment(0) | 生活英語