2019年12月25日

英語が聞き取れない原因


 突然ですが、次の音声を聞いてみましょう。



 聞き取れなかったとしたら、何が原因なのでしょう? スピードが速すぎたから?
 それでは、ちょっと遅くしたのを聞いてみましょう。



 どうでしたか。おそらく、聞き取りの度合い(聞き取れない)には変化はなかったのではないでしょうか。


 それでは、次の音声を聞いてみましょう。



 どうでしょう? 聞き取れて、意味も理解できたのではないでしょうか。音声のスクリプトは、下の英文です。おそらく、すらすらと読んで理解できることでしょう。

When we speak simply, it is quite easy for the listener to understand what we mean. We should use easy words. We should also use short sentences.


読めない英文は聞き取れない
 
 では、最初に聞いた英文を見てみましょう。

Conveying a message via employment of non-convoluted expressions and relatively non-complex syntax significantly lowers the level of difficulty for the audience to comprehend the content.

 読んでもさっぱり意味が取れませんね。ポイントはここです。読んで意味が分からない英文は、聞き取って理解することはできないのです。


「理解スピード=読むスピード」

 私たちは、書かれたものを読むスピードで内容を理解します。やさしい内容のものは速く読めても、むずかしい内容のものを読むときにゆっくりになってしまいます。これは、理解スピードが遅くなるからです。これは、日本語でも英語でも同じことが言えます。

英文は読めるのに、聞き取れない?

 「日本人は英語の読み書きはできるが、聞くと話すができない」と、ずっと言われ続けてきました。しかし実際には、学校の授業などで読んでいるスピードは、とても「読める」とは言えないスピードなのです。


ネイティブ・スピーカーが話すスピードで読めることが重要。

 ネイティブ・スピーカーは、1分間に150語くらいで話すと言われています。つまり、そのスピードで理解するスキルが必要なわけです。

 上で「理解スピード=読むスピード」と述べました。
 ネイティブ・スピーカーが話す1分間に150語の英語を理解するためには、それと同等以上のリーディング力が必要だということになります。

 日本の大学生のリーディングスピードは、1分間に100語行けば「英語ができる」人たちのようです。1分間に100語しか読めなければ、1分間に150語で話す英文は理解できません。


posted by 赤井田拓弥 at 11:01| Comment(0) | 雑文

2019年12月18日

身体の部位を上から順に英語で。


「髪」は、hair。 (私にはあまり残っていないけど)
「頭」は、head。(ちょっと固い)
「顔」は、face。 (昔はよかったけど)
「首」は、neck。(短いのがネック)
「胸」は、breast。(bust は胸像)
「腹」は、belly。(ベリーダンスってありますね)
 
そして「おへそ」は belly button。

それでは、英語で「アソコ」は?

    答え
    ↓
    ↓
    ↓

 there です。over there でもOK。
posted by 赤井田拓弥 at 14:39| Comment(0) | 雑文

2019年12月12日

英語の大学入試は L とR だけにすべき理由。


 
 英語の大学入試の外部試験導入が延期された。それはスピーキング(S=speaking)とライティング(W=writing)を測定できるようにという目論見だった。
  
 大学入試は L(listening)と R(reading)だけでよい。S(speaking)と W(writing)は要らない。と言うか、逆に「身の丈」の差が広がる。

 リスニングとリーディングは「理解言語」である。理解言語は自己学習で完結することができる。もちろん、モチベーションの持続には相当の努力を要するが。

 いっぽう、「表現言語」であるスピーキングとライティングは、その妥当性や進捗度合いを、ネイティブ・スピーカーや英語がよくできる第三者に判断してもらわなければならない。

 つまり、SWを伸ばすには金がかかるのである。
 
 ここに格差が生まれる。地方や離島の高校生たちには、ネイティブ・スピーカーに触れる機会が少ない。いわんや英語圏の国に短期留学するような経済的な理由は、推して知るべし。

 全国の高校生(受験生)の英語力を公平に測定するのであれば、やっぱりリスニング力とリーディング力だけの測定に留めておくべきなのである。
 
 高校生の SW の測定は不能だという件は、またいずれ。

posted by 赤井田拓弥 at 11:58| Comment(0) | 雑文

2019年12月10日

英語ができるということ。

英語のネイティブ・スピーカーに対して「あの人は英語ができる」と言う人はいない。また、日本人の英文学者に対して言うこともない。

 私たちがふつう「あの人は英語(語学)ができる」と言うのは、「英会話ができる人」に対してである。
 
 大学教育を受けた英語のネイティブ・スピーカーが読んだり聞いたりする際の「理解語彙数」は5万〜6万だと言われる。そして、ライティングのための「使用語彙数」が約12,000語で、スピーキングのための使用語彙数は、その半分の約6,000語だと言われている。
 
 理解語彙数と使用語彙数のあいだにはこれだけの差があることは理解しておいたほうがよい。使用語彙数が理解語彙数に追いつくことはあり得ない。

 ラドー博士が「アメリカの大学に留学する外国人留学生には1万語の語彙力が必要である」と言ったのは、こうしたことに基づく。
 
 ライティングに対してスピーキングのための使用言語が少ないのは、話すのは瞬時の行動なので、使用語彙を多く思いつく時間がないからである。
 
 冒頭で述べた「英語ができる人」を育てるために、「英語学習はスピーキングが重要なのだ」という声も高い。

 スピーキングに特化した英語学習を続けるとどうなるか。上で述べた「ネイティブ・スピーカーがスピーキングに使う使用語彙である6,000語が「理解最大語彙数」となり、それを超えないまま英語学習が終始することになる。

 そうなると、12,000語で書かれた英文が読めるようになるはずがない。
posted by 赤井田拓弥 at 10:41| Comment(0) | 雑文

2019年08月08日

空爆で遺体も残らなかった伯父



「原爆で弟の遺体すら見つからなかった」という手記を読んだ。
 
 私の伯父(母の長兄)もそうである。広島や長崎ではなく、鹿児島で。日本全国の都市のほとんどは空爆を受けている。
 
 伯父はその日、リアカーを引いて知人宅を訪ね、「お茶でもどうぞ」と勧められたが、「先を急ぎますので」と辞退して出て行ったそうだ。

 その後空爆があり、伯父が歩いていたであろう場所にその知人が行ったところ、リアカーの取っ手だけが残っていて、遺体は見つからなかったそうだ。
 
 このためか、「勧められたお茶は頂け」と親には言われていた。

 なので、私は麦芽などを原料とするお茶(?)は、遠慮しないことにしている。


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posted by 赤井田拓弥 at 09:30| Comment(0) | 雑文

2019年08月06日

情けは人の為ならず



 20年ほど前のこと、会社でアルバイトを募集した。

 めぼしい人たちの面接をほぼ終わり、ある人に決めようと思っていた矢先、「まだ面接できますか」という電話がかかってきた。

 電話で話していて雰囲気がよかったので、「じゃ、面接に来てください」と言ったら、その夕方やって来た。
 
 会って話していると、すごくさわやかな青年だったので、先に決めようと思っていた人をやめて、彼に決めた。
 
 彼が勤め始めて2週間ほど経ったころの夕方、オフィスでちょっと飲みながら、彼もアメリカの大学を出ていたので、私のアメリカ時代のことを話したりしていたところ、彼が「伯母がアメリカに住んでいるんですよ」と言う。
 
 で、話していると、私が住んでいた町に住んでいることが分かった。伯母さんは裕福なユダヤ人の家に住み込み、家政婦さんをしていると言う。
 
 私が「僕がアメリカにいたときに知り合った人に、そんな人がいたよ」と言いながら話をしていると、どうも、彼の伯母さんという人は、私の知っている女性だと思い、「もしかしてあなたの伯母さんってタカコさんじゃない?」と言うと、「そうです」と。
 
 彼は家に帰ってから、伯母さんに電話をしたそうだ。するとタカコさんは「よかった、タクヤさんがアメリカにいるときにいじめなくて」と言ったとか。
 
 私も「アメリカにいるときに悪いことをしなくてよかった」と思ったものだ。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:52| Comment(0) | 雑文

2019年08月05日

45.5度でゴルフを2ラウンド


 暑い!
 涼しいビルから外へ出た瞬間もムッとした暑さで、昔住んだアメリカの砂漠の町を思い出す。

 ある夏、と言っても一度帰国してから何年かあとのことだが、その町で華氏114度(摂氏45.5度)のとき、現地の友人たちとゴルフを2ラウンドしたことがある。

今思えば、ホントに crazy だった。若気の至りとはこのこと。

 1ラウンド目は、朝7時スタートで18ホール。2ラウンド目は、友人の広大な農園を見せてもらったあとで、午後3時頃から。この2ラウンド目がめちゃくちゃ暑かった。

 
 日本のゴルフ場のように歩いてラウンドすると行き倒れになること必至なので、2台のカートを同伴者の4人で使う。

 出発前に、クラブハウスの外に設置してある巨大な製氷機から、カートの後部に設けられているアイスボックス(大きな冷蔵庫くらいの大きさ)に、スコップで氷を大量に入れる。途中で飲む飲み物も、これも大量にその氷の中に沈める。

 ラウンド中、同伴者がショットしたりパットしたりしているあいだ、私は、カートのアイスボックスの氷に手を突っ込んで冷やしていた。
 
 また、スプリンクラーが作動しているホールでは、その下に立って身体じゅうををびしょ濡れにする。
 
 アイアンは、昔は文字どおり「鉄製」だった。グリーンの外に置いておいたアイアンのステムををうっかり素手で握ると火傷しそうなくらい熱くなっていた。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:49| Comment(0) | 雑文