2020年02月21日

初めてエレベーターなるものに乗ったのは。

このあいだ高校の同級生と飲んだとき、エレベーターに初めて乗ったときの話になった。
私が初めてエレベーターに乗ったのは、なんと高校を卒業してから。もちろん、それまでに屋久島を出たことは何度かあったけど。
 
確か、私が高校を出るまで、屋久島では3階建てのホテル(当時は国民宿舎)が最高だったはず。エレベーターなどはない。3階建てが珍しいと、母とバスに乗って見に行ったくらいだから。
 
最初の屋久島脱出は、母方の祖母の葬式のとき。しかし、これは小学校に上がる前だったので、ほとんど記憶にない。まずエレベーターなんぞには乗っていない。覚えているのは、母の実家の庭にボンタンがたわわに生っていたことだけ。
 
次に屋久島を出たのは、小学校6年の修学旅行。このときは、ふつうの旅館に泊まって、先生やガイドの人についてまわるだけだから、エレベーターには乗らない。
 
その次が中学校2年の修学旅行のとき。このときは確か自由時間があって、鹿児島の山形屋というデパートに行ったが、乗ったのはエスカレーターだけ。これだと恐くないからね。
 
高校に入ってからは、修学旅行も含めて何度か屋久島を出たが、エレベーターに乗った記憶はない。
 
そして、大学受験で小倉に行く。合格したら読売新聞社の育英奨学生として新聞配達をしながら通学することになっていたので、試験を受けたあと、まだ合格発表前だったが、新聞社にあいさつに行った。「受かったらお願いします」と。
 
読売新聞西部本社に着き、受付で「奨学会に行きたいんです」と言ったら、受付の妙齢の女性が「では、エレベーターで4階に行ってください」とエレベーターを指差した。
 
読売新聞西部本社と言っても田舎の新聞社だから高くない。当時、確か5階建てくらいだったか。そして受付ロビーも狭く、受付とエレベーターの距離もほとんど離れていない。入学後、新聞社にはひんぱんに行ったので、よく覚えている。
 
エレベーターはドアが開いていて、それに乗り込んだけど、ドアは閉まらない。ボタンの押し方もよく分からん。で、受付のほうを見たら、彼女がこちらを見て怪訝な顔をしている。私はとたんに恥ずかしくなって、脱兎のごとくエレベーターから飛び出し、4階まで階段を駆け上がった。
 
4階に行って担当者の人(20代後半くらいか)の人と話していたら、「赤井田くん、昼飯は食ったか?」と聞くので「まだです」と答えると、「じゃ、行こう」とエレベーターで1階の食堂に行った。

これが我が人生初めてのエレベーター体験でした。
posted by 赤井田拓弥 at 18:12| Comment(0) | 雑文

2019年12月25日

英語が聞き取れない原因


 突然ですが、次の音声を聞いてみましょう。



 聞き取れなかったとしたら、何が原因なのでしょう? スピードが速すぎたから?
 それでは、ちょっと遅くしたのを聞いてみましょう。



 どうでしたか。おそらく、聞き取りの度合い(聞き取れない)には変化はなかったのではないでしょうか。


 それでは、次の音声を聞いてみましょう。



 どうでしょう? 聞き取れて、意味も理解できたのではないでしょうか。音声のスクリプトは、下の英文です。おそらく、すらすらと読んで理解できることでしょう。

When we speak simply, it is quite easy for the listener to understand what we mean. We should use easy words. We should also use short sentences.


読めない英文は聞き取れない
 
 では、最初に聞いた英文を見てみましょう。

Conveying a message via employment of non-convoluted expressions and relatively non-complex syntax significantly lowers the level of difficulty for the audience to comprehend the content.

 読んでもさっぱり意味が取れませんね。ポイントはここです。読んで意味が分からない英文は、聞き取って理解することはできないのです。


「理解スピード=読むスピード」

 私たちは、書かれたものを読むスピードで内容を理解します。やさしい内容のものは速く読めても、むずかしい内容のものを読むときにゆっくりになってしまいます。これは、理解スピードが遅くなるからです。これは、日本語でも英語でも同じことが言えます。

英文は読めるのに、聞き取れない?

 「日本人は英語の読み書きはできるが、聞くと話すができない」と、ずっと言われ続けてきました。しかし実際には、学校の授業などで読んでいるスピードは、とても「読める」とは言えないスピードなのです。


ネイティブ・スピーカーが話すスピードで読めることが重要。

 ネイティブ・スピーカーは、1分間に150語くらいで話すと言われています。つまり、そのスピードで理解するスキルが必要なわけです。

 上で「理解スピード=読むスピード」と述べました。
 ネイティブ・スピーカーが話す1分間に150語の英語を理解するためには、それと同等以上のリーディング力が必要だということになります。

 日本の大学生のリーディングスピードは、1分間に100語行けば「英語ができる」人たちのようです。1分間に100語しか読めなければ、1分間に150語で話す英文は理解できません。


posted by 赤井田拓弥 at 11:01| Comment(0) | 雑文

2019年12月18日

身体の部位を上から順に英語で。


「髪」は、hair。 (私にはあまり残っていないけど)
「頭」は、head。(ちょっと固い)
「顔」は、face。 (昔はよかったけど)
「首」は、neck。(短いのがネック)
「胸」は、breast。(bust は胸像)
「腹」は、belly。(ベリーダンスってありますね)
 
そして「おへそ」は belly button。

それでは、英語で「アソコ」は?

    答え
    ↓
    ↓
    ↓

 there です。over there でもOK。
posted by 赤井田拓弥 at 14:39| Comment(0) | 雑文

2019年12月12日

英語の大学入試は L とR だけにすべき理由。


 
 英語の大学入試の外部試験導入が延期された。それはスピーキング(S=speaking)とライティング(W=writing)を測定できるようにという目論見だった。
  
 大学入試は L(listening)と R(reading)だけでよい。S(speaking)と W(writing)は要らない。と言うか、逆に「身の丈」の差が広がる。

 リスニングとリーディングは「理解言語」である。理解言語は自己学習で完結することができる。もちろん、モチベーションの持続には相当の努力を要するが。

 いっぽう、「表現言語」であるスピーキングとライティングは、その妥当性や進捗度合いを、ネイティブ・スピーカーや英語がよくできる第三者に判断してもらわなければならない。

 つまり、SWを伸ばすには金がかかるのである。
 
 ここに格差が生まれる。地方や離島の高校生たちには、ネイティブ・スピーカーに触れる機会が少ない。いわんや英語圏の国に短期留学するような経済的な理由は、推して知るべし。

 全国の高校生(受験生)の英語力を公平に測定するのであれば、やっぱりリスニング力とリーディング力だけの測定に留めておくべきなのである。
 
 高校生の SW の測定は不能だという件は、またいずれ。

posted by 赤井田拓弥 at 11:58| Comment(0) | 雑文

2019年12月10日

英語ができるということ。

英語のネイティブ・スピーカーに対して「あの人は英語ができる」と言う人はいない。また、日本人の英文学者に対して言うこともない。

 私たちがふつう「あの人は英語(語学)ができる」と言うのは、「英会話ができる人」に対してである。
 
 大学教育を受けた英語のネイティブ・スピーカーが読んだり聞いたりする際の「理解語彙数」は5万〜6万だと言われる。そして、ライティングのための「使用語彙数」が約12,000語で、スピーキングのための使用語彙数は、その半分の約6,000語だと言われている。
 
 理解語彙数と使用語彙数のあいだにはこれだけの差があることは理解しておいたほうがよい。使用語彙数が理解語彙数に追いつくことはあり得ない。

 ラドー博士が「アメリカの大学に留学する外国人留学生には1万語の語彙力が必要である」と言ったのは、こうしたことに基づく。
 
 ライティングに対してスピーキングのための使用言語が少ないのは、話すのは瞬時の行動なので、使用語彙を多く思いつく時間がないからである。
 
 冒頭で述べた「英語ができる人」を育てるために、「英語学習はスピーキングが重要なのだ」という声も高い。

 スピーキングに特化した英語学習を続けるとどうなるか。上で述べた「ネイティブ・スピーカーがスピーキングに使う使用語彙である6,000語が「理解最大語彙数」となり、それを超えないまま英語学習が終始することになる。

 そうなると、12,000語で書かれた英文が読めるようになるはずがない。
posted by 赤井田拓弥 at 10:41| Comment(0) | 雑文

2019年08月08日

空爆で遺体も残らなかった伯父



「原爆で弟の遺体すら見つからなかった」という手記を読んだ。
 
 私の伯父(母の長兄)もそうである。広島や長崎ではなく、鹿児島で。日本全国の都市のほとんどは空爆を受けている。
 
 伯父はその日、リアカーを引いて知人宅を訪ね、「お茶でもどうぞ」と勧められたが、「先を急ぎますので」と辞退して出て行ったそうだ。

 その後空爆があり、伯父が歩いていたであろう場所にその知人が行ったところ、リアカーの取っ手だけが残っていて、遺体は見つからなかったそうだ。
 
 このためか、「勧められたお茶は頂け」と親には言われていた。

 なので、私は麦芽などを原料とするお茶(?)は、遠慮しないことにしている。


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posted by 赤井田拓弥 at 09:30| Comment(0) | 雑文

2019年08月06日

情けは人の為ならず



 20年ほど前のこと、会社でアルバイトを募集した。

 めぼしい人たちの面接をほぼ終わり、ある人に決めようと思っていた矢先、「まだ面接できますか」という電話がかかってきた。

 電話で話していて雰囲気がよかったので、「じゃ、面接に来てください」と言ったら、その夕方やって来た。
 
 会って話していると、すごくさわやかな青年だったので、先に決めようと思っていた人をやめて、彼に決めた。
 
 彼が勤め始めて2週間ほど経ったころの夕方、オフィスでちょっと飲みながら、彼もアメリカの大学を出ていたので、私のアメリカ時代のことを話したりしていたところ、彼が「伯母がアメリカに住んでいるんですよ」と言う。
 
 で、話していると、私が住んでいた町に住んでいることが分かった。伯母さんは裕福なユダヤ人の家に住み込み、家政婦さんをしていると言う。
 
 私が「僕がアメリカにいたときに知り合った人に、そんな人がいたよ」と言いながら話をしていると、どうも、彼の伯母さんという人は、私の知っている女性だと思い、「もしかしてあなたの伯母さんってタカコさんじゃない?」と言うと、「そうです」と。
 
 彼は家に帰ってから、伯母さんに電話をしたそうだ。するとタカコさんは「よかった、タクヤさんがアメリカにいるときにいじめなくて」と言ったとか。
 
 私も「アメリカにいるときに悪いことをしなくてよかった」と思ったものだ。


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posted by 赤井田拓弥 at 10:52| Comment(0) | 雑文